今回貰った新しいドラマの台本を何度も読み返しているのだがどうも頭に入ってこない。煮詰まってしまった為、気分転換がてらに台本を筒状にし片手に持ったまま部屋から出た。中庭をぶらつき、何故かわからないが舞台へと足を運んでいた。ふと、舞台の上で読めば覚えられるのでは、と思う。数秒程考えた後、百聞は一見にしかずとつぶやくと足早に舞台へとあがった。
台本を広げ始めから通してみる。読み終えた後、躓いた箇所のページを開きなおす。
じーっと台本とにらめっこをしていると、扉の開く音が聞こえた。こつこつと響く足音は舞台へと近づいてくる。ちらと視線を上げるなり、げえっと顔を歪ませた。

「なんだよ、その顔」
「……べっつにー」

台本に目を戻し口の中で台詞を言う。舞台へあがってきたのは同じ俳優業を担っている、ライバル兼人気俳優の皇天馬だった。天馬は台本のタイトルを見るなり、へぇ、と口角を上げる。

「確かそれ、冬に放送予定の長編ドラマだよな」
「ええ。結構感動する話よ」

有名な童話をモチーフにした内容で、切ないが最後はハッピーエンドになる話だ。どんな役だと問われ、今までに演じたことのない悪女だと答える。お似合いだと笑う天馬にキッと睨みを利かせた。さっさとどっかに行けーっ、と言うも天馬は飄々とした態度のまま動かない。軽く息を吐くと、唐突にほらと手を差し出した。

「躓いてンだろ。台本貸せ、付き合ってやる」

一呼吸遅れて、えっ、と瞬きをする。あの俺様天馬様が自ら練習相手になると名乗り出たことに驚きを隠せなかった。どうするのかと聞かれ、恐る恐る台本を差し出し煮詰まってしまった箇所はここだと示す。台本を軽く読んだ天馬は理由がわかったのか、なるほどとつぶやいた。
躓いているシーンは悪女が主役に迫り強引にキスをする、という流れだ。セリフは然程難しいものではない。が、今までに純粋で清楚な役しか演じたことのないなまえにとってはなかなかに難しいものがあった。それに――否、おそらくだが、キスシーンの経験がないことも原因の一つだろう。
よく共演をしているが、思い返してみても手を繋いだり寄り添ったりすることはあってもキスをしたことはなかったはずだ。念のために、なあ、と天馬は尋ねる。

「今までにキスとかってしたことはあるのか?」
「はあっ!? そ、そ、そんなのっ」
「演技でしたことは?」

頬を赤く染めふいと視線を逸らしつつも、ほどなくして
静かに唇を開いた。

「ないわよ……演技でも、現実でも」

今回が初めてだと結ぶと、やっぱりなと天馬は肩を竦める。経験の無さが煮詰まりの原因だとはっきりとわかった。しかし、こればかりは実践して慣れるしかない。ここまで困りきったなまえを見るのは初めてだし、天馬もどうするべきか悩んだが、乗りかかった船とも言うべきか、できることは一つしかない。

「通すぞ。自然になるまで徹底的にな!」

天馬の声に少し面食らったが、こくりと頷いた。
登場シーン、メインヒロインとの対峙、主役への募る想い明かし、拒まれ迫る場面。そして主役とヒロインの絆の強さを知り、最後は悔しげに身を引く――。やはりプロだけあってセリフ一つ一つに動きがあり無駄はなく、誰が見ても引き込まれる芝居だ。
最後まで通した後、納得のいかなかったシーンを徹底的にやり直す。天馬は何もいわずにもちろん付き合った。
が、どうしても例のシーンはうまくいかなかった。動きをつけてみるも、どうもぎこちない。主役に代わり演じている天馬も苦い色を浮かべた。
それでもなまえなりに必死に演じようとしているのはわかる。

『それでも私はあなたが好きなの! あの子よりも、この気持ちは勝っているわっ』
『君の気持ちはうれしいよ。けど、僕は……』
『――〜〜っ!! この、分からず屋!』

勢いよく天馬のすぐ傍まで駆け寄より上目で見つめる。間髪入れずに主役の唇を奪う――はずなのだが、瞳の中に天馬を映したまま動かなかった。小声で、オイ、と先を促すも、仕舞いにはみるみるうちに顔を赤くしていくだけでやはり動こうとはしない。軽く息を吐くと、天馬はなまえの後頭部に手を添えるなり引き寄せた。
瞬間、天馬となまえの唇が触れ合う。
それはほんの一瞬の出来事で、ぱちりと目を瞬たくなり二人の距離は少し離れる。しかし、一瞬にして起こった事が理解できたのか、なまえの顔は真っ赤に染まった。それは天馬も同じで徐々に頬に朱がさしていく。

「い、言っとくけど……俺だって今のが初めて、なんだからな」

と、突然の告白になまえの顔からは湯気が出そうな程に更に真っ赤になる。程なくしてこの空気にたえられなくなったのか、そっと天馬の胸に顔を押し当てた。同じく顔を赤くしたまま天馬は目を瞬く。ぽつりと、なまえはつぶやいた。

「バカラギ……」
「なっ。なんだその呼びか、」
「あんたが初めてで、良かった」

この言葉の破壊力がどれほどのものだったかをなまえは知らない。今度は天馬が顔を湯気が出るほどに真っ赤にさせる番だった。

* * *
お互いライバル意識はあるけれども放って置けなくて無視できなくて本当は昔から好きっていう裏設定。オチはありません。

執筆日||170306 掲載日||170319(愛子)