のんびりとした時間に、いつもとは違う不思議な心地を感じる。久しぶりの何もない休暇だった。
テーブルに頬杖つき、ぼんやりとテレビに目を向けつつ、小さなあくびを一つこぼすなまえの前に、お気に入りのマグカップがことりと音を立てて置かれた。ふわりと香る紅茶の良い匂いが鼻腔をくすぐり、心を読まれているのかと思う。前の席に腰掛けた彼――安室透に、ありがと、とぽつりとこぼすように礼を告げる。安室は小さく笑うなり、手に持っていた自身のマグカップに淹れた紅茶に静かに口をつけた。

「日曜日って、面白いテレビないのね。ていうか通販番組ばっかり……」

唇をすぼめてぼやくなまえに、今はそういう時間帯だから仕方がないと安室は返す。リモコンに手を伸ばしチャンネルをすばやく回しながら、空いている手でマグカップの柄を持つ。眉根を寄せながらマグカップに唇をつけ、ゆっくりと紅茶を飲んだ。いつもと変わらない味にほっと一息つく。ふと視線を感じ、前を見ると、ぱちりと安室と目があった。何? と問うと、別に何も、と安室は平然と答える。

「暇なら、学生らしく勉強をしてはいかがでしょう?」
「……それ嫌味?」
「まさか。せっかく高校生を演じているんですから、どうかなと思っただけですよ」

むすっと顔をしかめるなまえに安室は小さく笑った。
お互いの素性は数える程度しか知らない。安室の知っているなまえは、表では帝丹高校二年生という肩書きを背負っているが、その実、裏の世界では有名な殺し屋だということ。とある仕事で経歴等を偽り高校生に成りすましているが、本当の年齢や素性は謎のままだ。
なまえの知っている安室は、表では探偵としてあの有名な眠りの小五郎の一番弟子だそうだが、裏の世界ではとある国際組織の一員だということ。コードネームは確かバーボンだったか。
出会いは最悪だったが、いつの間にか惹かれ合い、今では同棲をしている。同棲する際に出した条件がある。
それは、互いの仕事に口を挟まないこと。
一緒に暮らし始めてから、日常生活のことについて時折口喧嘩をするが、仕事のことについては一切触れ合わなかった。

「昨日は帰りが遅かったですよね」
「そっちだって。ていうか、ほぼ一緒だったじゃない」

チャンネルを回すのに飽きたのか、リモコンをテーブルの上に戻すなりなまえは素っ気無く言う。なまえが仕事を終えたのは夜中の0時を過ぎた頃で、家の鍵を空けようとしていると、少し疲れた顔をしている安室とぱったりと遭遇した。顔を見合わせて驚いたが、お帰りと声をかけ、家に入って交代で風呂に入り、ご飯も食べずにベッドに沈んだ。目が覚めると、ちょうど安室も目を覚ましたのか顔を突き合わせて挨拶を交わした。
色々とあったんですよ、と安室は紅茶に口をつけつつ言う。自分も一緒だと言わんばかりに、なまえも同じ言葉を返した。

「そういえば、そろそろお昼の時間ですけれど……何が食べたいですか?」
「うどん」
「……一昨日、蕎麦を食べましたけど」
「じゃあ、いくらか譲ってうどん」

テレビに目を向けながらなまえは答える。絶対に譲る気はないと察した安室は小さく息を吐いた。紅茶を飲み終え席を立つと、空になったマグカップを差し出された。ついでに流し台へ持って行けということらしい。はいはいと安室はなまえからマグカップを受け取り、自身の物と並べて流し台のところへ置いた。

「スーパー行くの?」
「ええ、ついでに夕飯の材料も買っておこうかと」
「わたしも一緒に行く」
「では、僕は車をまわしてきます」

すぐに帰ってくるだろうから、空になったマグカップに水を注ぐ。洗うのは昼食をとった後でも遅くはない。かたんと席の立つ音がし、外へ出られる格好に着替えるのだなと安室は思う。車のキーを取りに玄関へ向かおうと振り向いた瞬間、安室は驚き動きを止めた。
席を立ち着替えを行っているはずのなまえが、いつの間にか気配を消した状態で安室の傍に前に立っていたのだ。二、三度目を瞬かせたが、どうかしたのかと尋ねると、ぐいと服の襟をつかまれた。安室の唇に柔らかなものが触れる。それはほんの一瞬の出来事で、すぐに離れた。ふいと視線を逸らしなまえは唇をへの字に結ぶと、紅茶美味しかった、と呟くように礼を伝える。くるりと背を向けようとした時、安室は咄嗟になまえの腕を掴んだ。何だと言いたげな色で安室に視線を投げたなまえの腕を引く。
わっと声を上げた刹那、お返しのように安室はなまえの唇に自身の唇を押し当てた。逃げようとするも、空いている片方の手で後頭部を抑えられる。先程の触れるだけのものとは違い、口内に舌を侵入させ、歯列をなぞり、激しく、緩やかに啄ばむような深い口付けだった。

「は、ぁ……っ」

唇を離すと、なまえの息は上がり顔を真っ赤に染めていた。瞳にうっすらと涙の膜が張っており、身体の奥底がぞくりと震える。
瞬いたと同時にぺちんと軽く頬を叩かれた。痛くはないものの、早く腕を離せと目で訴えていた。しかし安室はその要求には応じず、なまえを強く抱きしめる。

「ちょっと、買い物に行くんでしょう? 着替えてくるから離してよっ」
「気が変わりました」

と言うなり、今度は触れるだけのキスをなまえの額に落とす。眉根を寄せるなまえの耳元にそっと囁く。瞬間、ボンッと音を立ててなまえの顔は真っ赤に染まった。
安室の腕の中で抗議する声を無視し、安室はなまえをすばやく抱き上げると寝室へと歩を進めた。


愛おしい呼吸の住処
(たまにはこんな日があっても良いじゃないか)

愛子||160731
(title=たとえば僕が)
(いつか気が向いたら安室さんの本当の姿を知った、ヒロインと安室さんが書きたいです。…いつか。)