友達となった毛利蘭達とともに、杯戸ホテルで開催されているケーキバイキングへ行く約束をしていた。なんでも、以前に杯戸ホテルへ行ったのは良いが事件があり、本来の目的はお流れになっていたのだという。
蘭や園子、そして世良の四人で急遽今日、ケーキバイキングへ行くことが決まった。園子と世良とは杯戸ホテルへ向かう際に乗るバス停で待ち合わせることになっている。
同居人の安室透はポアロのバイトの為に朝早くから出かけていた。一人優雅に支度を済ませ、高校生らしい年相応の格好をする。鏡の前で身だしなみを確認しながら、思わず苦い笑みを浮かべた。
表では帝丹高校二年生だが、本当の姿は、裏の世界では有名な殺し屋だ。とある仕事の依頼を受け、経歴を偽り高校生に成りすましている。同居人の安室はもちろんこのことを知っていた。なまえも安室の裏の顔を知っている。だからお互い、仕事のことについては何もいわないようにしていた。
今この姿を安室に見られたらなんて言うだろうか。きっと皮肉交じりの言葉をかけてくるに違いない。朝早くから居なくてよかった、と安堵の息をついたのもつかの間、なまえははっとなった。今から毛利探偵事務所へ向かうのだが、ポアロの前を通ることになる。少し考えて、ポアロの前を通る際は鞄で顔を隠し足早に駆け抜けよう。よしっ、と決意すると、ぱちんと軽く頬を叩いた。
家を出てしばらくし、鬼門としていた場所へ着くも、なんとか切り抜け探偵事務所の階段を上っていく。二、三度ノックをし、蘭達の前で見せている笑顔の仮面を被ると、ガチャリとドアノブを回して扉を開けた。

「こんにちはーっ!」

吐き気を催す程の爽やかな笑顔で挨拶をする。デスクに座っている小五郎とその傍に蘭が立ち、何やら話し合っていたようだった。蘭はなまえの姿を見て話を区切る。小五郎もなまえに視線をやり、よおっと手を挙げて挨拶をした。

「こんにちはー、小五郎のおじさま! 今日は蘭ちゃんをお借りしますね!!」
「好きにして良いぞー。その方がこの後の競馬予想も静かで楽だしなぁ」
「もうっ、お父さんったら!!」

いつもこんな感じなのよ、と蘭は肩をすくめる。でもお仕事の時のおじさまは素敵じゃない、と言うと、さすがはなまえちゃん!! と小五郎は上機嫌に笑った。おじさまの笑顔素敵ー、と適当に相槌を打つ。

「あ、そういえばコナンくんは……」
「コナンくんなら、さっき子ども達と一緒に出かけていきましたよ」
「そっかー、一緒にバイキングに行けると思ったのに残念――」

ばっと振り返ると、背後にはティーカップを載せた盆を片手に持ったエプロン姿の安室が立っていた。小五郎への差し入れを持ってきたらしい。ふわりと香るコーヒーの良い香りに、良い匂い、と蘭はこぼす。
ほんの一瞬だったがなまえは、なんで居るんだこのやろう、とでも言いたげな色をした。しかし、安室はきょとんとした表情をしたが、互いにすぐに仮面を被り直し、"以前に何度か会ったことのある知り合い"を演じ始めた。

「わあっ、安室さんこんにちは!」
「こんにちは、なまえさん! お出かけですか?」
「はいっ。蘭ちゃん達とみんなで、ケーキバイキングに行くんですよ〜」

にこにこと笑みを湛えたまま、えへへ〜、とあざとい語尾をつけて結ぶ。そうなんですかぁ、と安室は含み笑いをしつつ頷く。

「なまえちゃん、そろそろ行っか。あまりゆっくりしすぎちゃうと遅れちゃう」

来客用のソファに置いていた鞄を手に持ち蘭は言う。行ってらっしゃい、と安室はドアの前から移動し、二人に声をかける。行ってきますと蘭は先に事務所の外へと出た。安室はゆっくりと小五郎の傍へと歩を進める。外へ出ようとしたなまえとすれ違い様、そっと耳元で囁いた。

「似合っています。食べてしまいたいくらいに」

目を見開いたが、行ってきます、と隠すように、多少上ずった声で言う。行ってらっしゃいと安室は今度は普通のトーンで告げると、小五郎にコーヒーを差し入れた。
蘭の隣に並び階段を降りる。こつこつと響く靴音よりも、心臓は高く早く鳴っていた。


遠くで抱きしめられている
「あれ、なまえちゃん……顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、だいじょぶ! ぜんぜん、大丈夫!!」
「……変ななまえちゃん」

愛子||160813
(title=たとえば僕が)