仕事帰り。頼まれたものとおいしそうなものを適当に買うと足早に彼の部屋へと向かった。途中、辺りを伺い見知った人物はいないか、または付けられてはいまいかと細心の注意を払った。幸い誰に会うこともなく、なまえはドアの前に立つと、深呼吸を一つする。意を決し、よっし、と呟くとドアをノック。何度かノックをすると小さくドアが開いた。

「……誰?」
「呼びつけておいて第一声がそれですか? グレル先輩」

そう言うと、勢いよくドアは開いた。同時にぐいと腕を引かれ、急いで部屋の中へ連れ込まれる。ガチャンッとドアを閉めるなり、彼――グレル・サトクリフは謹慎中にもかかわらず、完璧なメイクを施した顔に満面の笑みを浮かべた。

「アーラ、案外早かったじゃない!」
「仕事終わりを狙って連絡を入れてきたのはどこのどなたですか、まったく」
「それより、頼んでたものは買ってきてくれたの?」

リビングに案内されながら、もちろんですよ、と答える。グレルに頼まれたものは本日発売の新作の化粧品だった。ついでに食べ物も買ってきましたよ、と付け加えると、気が利くじゃナイ、と上機嫌で返ってくる。椅子に腰掛け、一息つく。テーブルの上には、さっそく買ってきたばかりの化粧品が広げられていた。食べ物はおまけのようにテーブルの隅へとよけられる。前の椅子に腰掛けたグレルに、お茶とか出してくれないんですか? と問うと、自分で出しなさい、と一言。なまえはむすっと唇を尖らせた。

「それにしても、よく謹慎中のアタシのところへホイホイと来るわよネ」
「え。言うこと聞かないと後で覚えてろよって脅してくる人が言う言葉ですか、それ」
「ああ"ん? 文句あるの?」

ギロリと睨むグレルに、もう何も言いませんー、と返す。化粧品の封を開封するのを手伝いながら、なまえは今日起こったことを話た。時には笑いが起こり、時にはグレルの厳しい突っ込みと助言が入る。しばらくして、ふとなまえは腕時計に目をやり、あっ、と声を上げた。

「いけない、もうこんな時間」

グレルと話をしているといつも時間を忘れてしまう。そろそろ帰ります、と告げると、もう帰るの? とグレルは残念そうに言った。

「先輩と違って、明日も仕事があるんです」
「ちょっと、アンタ一言余計よ!」

席を立つと、玄関まで送るわ! とそのままの勢いでグレルは続ける。なまえは笑い、ゆっくりと玄関へ向かった。

「それじゃ先輩、今日もありがとうございました。明日はチーズフォンデュあたりが食べたいなぁ」
「だったら材料買って来なさい。アタシは忙しいんだから」
「謹慎中なのに?」
「だから一言余計なのヨ!」

ぺしっと軽く額を叩かれるとなまえはわざとらしく、いったーい、と返す。すると再度、今度は強めに額を叩かれる。パワハラ反対ー、と反撃すると、ここはアタシの家だからパワハラじゃナ〜イ、と正された。

「ま、気をつけて帰りなさい。アンタも一応、女なわけだし」
「了解です。気をつけて帰ります」

それじゃあ、とドアを開けようとした時、ちょっと待ちなさい、と呼び止められる。なんですか? とグレルを見上げた瞬間、額に柔らかなものが触れた。それは一瞬の出来事で、理解するのに少し時間がかかった。

「お使いのお礼。有難く受け取りなさい」

と、ふっと微笑んで見せる。なまえはそっと額に手のひらを載せる。同時に、ぼしゅんという音とともに顔を真っ赤に染めた。


サイレントラブ
「せ、セクハラ!」
「はぁ? セクハラじゃないわよ。っていうか顔、赤いわヨ。真っ赤」
「せ、先輩なんて嫌いだーっ。ロナルドに言いつけてやるーっ!」
「あの若造に何がでるのよ?」
「相談に乗ることと合コン開くことくらいです!」
「意味わかんないんだケド」
「明日も来てやるから覚悟しろー! グレル・サトクリフー!」
「誰に向かってモノ言ってんだ? ああ"っ?」
「すみません。でもそんなグレル先輩が大好きですすみません」
「知ってるわよ、まったくもう。……アタシも、アンタのこと大好きだもの」

愛子||140629(title=スイミー)