目の前のカウンター席に座っている下戸だと言う青年に、牛乳の入ったグラスを差し出した直後のことだった。
「あんたが好きなんだ」
と、静かに、そして顔を隠すようなポーズとともに言われた。二、三度瞬きをし、これは何かの冗談だと思いにこりと笑みを返す。
「あら、ありがとう。でも、その言葉は本当に好きな女性に言うべきものよ、色男さん」
すると、青年の隣に座っていた中国人の女性と、首に縫い目のあるゴシック調の服装をした少女がくすくすと笑い出した。少女の方は喉に機械を入れているらしい。
「ほら、だから私言ったですだよ。相手にされるわけない、て」
『賭ケ……私タチの、勝チ……ネ』
そういえばこの三人、どこかで見たことがあるな、とおもった。こっそりとマスターのバオさんに聞くと、青年以外の二人はロアナプラでは有名な人たちだった。名前は聴いたことがあったけど……まさか本物と出会えるなんて、と思った。
「一つ、いいか」
ポーズを止めると、青年が問うてくる。はい、とわたしは頷いた。
「僕と君は、一度出会ったことがある。覚えているだろうか」
青年の問いかけに、しばしの沈黙。どこかで会ったことがあるかしら、とわたしは頭を抱える。双子達とバラライカさんとの時かしら、それとも、レヴィとロックがとても不機嫌なときにダッチのお使いとしてお酒を買いに来た時かしら、等と記憶を遡る。が、わたしの脳裏には青年の姿は出てこない。
「覚えていないのも当然ね」
と、救いの手を差し伸べるかのように、シェンホアさん。その隣に座っているソーヤーがこくこくと頷く。ごめんなさい、とわたしは体を小さくして謝った。
「偽札の時のこと、覚えていまするか?」
シェンホアさんの質問に、もちろんと首を縦に振る。それは一ヶ月程前の出来事だ。
「私達と一緒に、この子も居たですよ」
わたしは本日二度目のえっという声を上げ、青年に視線を向ける。青年はビシッ、と再びポーズを決めた。
「ロットン・"ザ・ウィザード"」
と、格好良く名乗る。よろしく、とわたしは苦笑しながら答えた。
『ロットン……仕キりナおし……もウイチ度……想いヲ……伝エル……』
ソーヤーが言う。青年――ロットンさんは軽く咳払いをすると、再度ポーズを決め、そしてもう一度言った。
「あんたが好きなんだ、なまえ。一目見たあの日から君の笑顔はまるで太陽のように……ずっと僕の心を捉えて離さないんだ」
映画とかでよくありそうな台詞……と思いつつも、胸は知らずと高鳴る。頬にも熱が上り、ほんのりと赤くなっているんだろうな、と思う。
「君を振り向かすためなら僕はなんだってする。だから、返事はすぐじゃなくても良い」
そう言葉を結ぶと、ロットンさんはふわりと微笑んだ。うわあっ、その笑顔、なんだか反則っ。胸の鼓動がとてつもなく、早くなった。
「あ、う……が、がんばって……ください」
それがいま言える、精一杯の返事だった。
ちぐはぐ惚気日記
「……なんだか、良い雰囲気ね」
『コれは……近いウちニ……進テン……アりの……予カン』
愛子||180609(title=空想アリア)