わたしを逃がすために兄は誘拐された。兄はラブレス家の跡取りなのに、大切な人なのに。一人責めていると、ロベルタが優しく抱きしめてくれた。なまえお嬢様のせいではありませんわ、と。言葉を紡がなくちゃと思ったけれども、恐怖と悲しみで涙が溢れ嗚咽が零れた。
しばらくの間ロベルタの腕の中で泣き続け、ようやく涙が止まった。ロベルタはわたしを自室に連れて行くと、おやすみなさいませ、と言うなり出て行った。腫れぼったくて少し痒い目を擦っていると、ロベルタの自室から何やら物音が聞こえてきた。気になって自室を抜け出し、音の聞こえる部屋に向かう。扉を開け中を覗くと、背中につめたいものが走った。恐怖――ううん、それよりももっと恐くておぞましいもの。なんて表現すれば良いのかわからないけど、とにかく、知らずのうちに足が震えていた。
いつものロベルタではなかった。
わたしの瞳に映っているロベルタは――そう、猟犬、と言ったほうが正しいかもしれない。大きなトランクに重そうな傘。ここからではよく見えないけれども、スカートに何かを仕込んでいる。勇気を振り絞って、口を開いた。

「ロベ、ルタ……?」

瞬間、バッとロベルタは振り向く。わたしを見るなり少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しい、いつものロベルタに戻った。

「なまえお嬢様、お休みになられたのでは……さあ、早く部屋にお戻りください」

本当なら、うん、と頷かなくてはならなかったのだろう。しかし、わたしは頭を左右に振り拒否した。

「ロベルタ、お兄様を助けに行くんでしょうっ?」

直感だが、そう思った。ロベルタはきっと兄を助けに行く。だから今、旅立つ準備をしているのだ、と。ロベルタは目を瞬かせ、わたしをじっと見下ろす。
心臓が早く高く鳴っている。わたしは言葉を続けた。

「お願いロベルタ、わたしも一緒に連れて行って!」
「なっ、行けませんお嬢様! 危険なことになまえお嬢様を巻き込むわけにはっ、」
「もう巻き込まれているわ! だからお願い。わたしも、お兄様を助けたいの!」

知らずのうちに涙が頬を伝う。しばしの沈黙がわたしとロベルタの間に流れる。
ふう、とロベルタが息をつく。傍に歩み寄るなり、膝を居りわたしの両肩を掴んだ。眼鏡の奥にある冷たい視線に、ぞくりと身が震え、息を呑んだ。

「お嬢様、どうしても……私についてくるおつもりですか?」

低い声音でロベルタは問う。こくん、と頷きどうしてかわからないけれども、笑みがこぼれた。

「だって、ロベルタが守ってくれるでしょう……?」

すると、ふっとロベルタは笑った。同時に、ぎゅっとわたしを抱きしめる。

「なまえお嬢様には敵いません」

そう言いロベルタはわたしの体を離し立ち上がる。踵を返し荷物を手に持つと、再びわたしのもとに歩み寄ってきた。そして、そっと掌を差し伸べる。

「行きましょう、お嬢様。若様を救いに」

わたしは迷わず、その手をとった。


鋼を抱き、光を宿
(なまえお嬢様は必ず守る。そして、若様を無事に救い出してみせる。絶対にッ!!)

愛子||180609(title=空想アリア)