コンコン、と病室のドアが叩かれた。どうぞ、と声をかけると、ゆっくりとドアは開く。来客に、なまえはニコリと微笑んだ。
「こんにちは、雪緒。来てくれて嬉しいわ」
「こんにちは、姉さん。お土産を持ってきたの」
ベッドの傍に来るなり、雪緒は縁日で買ってきたカステラをなまえに渡す。甘い匂いが二人の鼻腔をくすぐる。ありがとう、となまえは礼を言った。近くにあったパイプ椅子に腰掛けると、雪緒は学生鞄を床に下ろす。
「姉さん、体の具合はどう?」
「変わらずよ。良くも悪くもない、って感じかしら」
そう、と雪緒はうなづくなりふいと顔を伏せたが、すぐに明るく微笑む。
「カステラ、無理を言って焼き立てを買ってきたのよ」
「あら、そうなの」
袋の中に手を入れカステラをひとつつまむ。それをパクリと食べると、口の中に程よい甘さと温もりが広がった。久しぶりに味わう好物に、なまえの頬はゆるむ。雪緒にもカステラをすすめたが、私はいいの、と断られた。嬉しそうにカステラを頬張るなまえとは反対に、雪緒の顔はどこか暗かった。食べるのをやめると同時になまえは尋ねる。
「雪緒、何を悩んでいるの?」
「えっ? べ、別に悩んでなんて……」
驚いた色を浮かべる雪緒に、なまえは続ける。
「わたしの妹ですもの。あなたが悩んでいることくらい、わかるわ」
ふと、雪緒は俯いた。話したくないのならそれでも良いわ、と繋げる。
「でもね、」
シーツを撫でると、なまえは雪緒の髪に触れた。
「あなたは、あなたの信じる道を行きなさい。たとえそれが、茨(いばら)の道であっても」
瞬間、雪緒はなまえに抱きついた。突然のことに目を丸くしたが、すぐに微笑み、まるで幼子をあやすかのようにして雪緒の頭を撫でる。
しばらくなまえの胸で泣いた後、雪緒はごめんなさいと言って離れた。
「落ち着いた?」
「ええ、とても。ありがとう、姉さん」
二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。数十分ほど他愛のない話で盛り上がり、会話が途切れると、そろそろ帰るわ、と雪緒は学生鞄を手に持ち腰を上げた。
「ねえ、次はいつ来てくれるの?」
何気なく、なまえは問いかける。すると、雪緒は一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「近いうちにまた来るわ。それじゃあね、姉さん」
踵(きびす)を返した雪緒の後ろ姿を目にするなり、なまえの胸にとてつもない不安が過ぎった。手を伸ばしても届かない――妹は、どこが遠くに行ってしまうような、そんな錯覚が脳裏を過ぎった。だから柄にもなく、少し声を荒げてなまえは雪緒の背中に言葉をかけた。
「絶対に、また来てねっ。今度は、銀次さんも一緒に!!」
振り返った雪緒の顔には、まぶしいくらいの笑みがあった。
すべては一瞬の出来事
『ええ、必ず――!』
――次になまえが雪緒の姿を見たのは、テレビの液晶画面でのことだった。
愛子||180609(title=carol)