店の開店までしばらく時間はあるが、買い出し等をしていれば時間はあっという間に来る。店はお好み焼き屋で、一年前に祖母から継いだ。決して綺麗というわけではないけれど、地元の人達や祖母の代からの馴染客が顔を出してくれる。今は別居の祖母も時折顔を出してくれて、店を憩いの場としている。友人も週に何度か夕食を食べに来てくれるし有難い。暇な時もあるけれど、自分にはちょうど良い忙しさだ。ちなみに裏メニューにクリームソーダーとプリンがあるのは、ごく一部の常連しか知らない。
仕事用のカットソーにジーンズ、最小限のものだけを詰めた小さなバッグを肩に提げるとスニーカーを履いて扉の鍵を開ける。何度か慣らすように爪先でとんとんと玄関床を蹴るなり外へ出ようと扉を開けた時だった。

「――えっ」

マンションの廊下へ出ようとした足は止まり、瞬きを一つ。扉の前には東都へ行っていたはずの幼馴染――白膠木簓の姿があった。時折、オオサカに戻ってくることはあったが最近はもっぱら東都を拠点にしていたはずだ。普段なら両手にたくさんのお土産と笑顔とともに帰ってくるのに、今日は違った。
あの時と一緒だ、と思った。
二人で≠ィ笑いの頂点を目指すと言った後、突如訪れた別れの時と同じ。色々な感情が渦を巻き、はっきりと言葉にできず、寂しそうで、悲しそうで、それでいて喪失感を味わっている、痛々しい顔色。
どうしたの? とは聞かない。心の整理がつかない内に尋ねられたくないだろうから。
何があったの? とは問わない。考えがまとまらない内に触れられたくないことだってあるだろうから。
だから、自分に出来るのは一つだけ。

「おかえり」

今できる精一杯の笑顔で迎える。
ほどなくして、ふっと簓の表情は和らぐ。軽く息を吐き、静かに深呼吸を一つ。俯き気味だった姿勢は胸を張って前を向く。複雑な色から一転して、簓らしい明るい声音で告げた。

「何や、東都の空気が肌に合わんくなって戻ってきたわ」
「……そっか。まあ、詳しくはお茶飲みながら聞くから、家、あがり」
「そうしたいんは山々やけど……店は?」

臨時休業〜と返して、外で出ようとした身体は踵を返し部屋へ戻る。

「遠慮なんてアンタらしくないで」

本当は帰って来てくれて嬉しい、なんて恥ずかしくて言えない。電話やメッセージ交換だけじゃなくてずっと会いたかった、なんて口が裂けても言わない。
靴を脱いで家に上がるなり、まだ入るか迷っている簓に振り返りそっと手を差し伸べる。
喜びの言葉の代わりにもう一度、伝えた。

「おかえりなさい、簓」

差し伸べた手を、そっと腕を伸ばして簓は取った。熱く、でも少し震えているその手をぎゅっと強く握ると、簓は部屋の中へと入った。その後ろで扉は音を立てて閉まると同時に、簓も手を握り返してくれた。

「――ただいま、なまえ」

その表情には、いつもの明るさが戻っていた。


シンデレラの魔法にかけられて
(今日は時間を忘れて、語り合おう)

愛子||210921
(title=Liebe)