それは突然だった。真剣な表情で、声で、真っ直ぐに見据えて紡がれた言葉。
プロポーズをされた?
――幼馴染であり恋人から、たった今、目の前で。
わたしなんかで本当に良いのだろうか?
――だって彼は誰からも愛されている人気者で、隣に並んでも良いものなのだろうか。
彼の足枷とならないだろうか。重荷とならないだろうか。唐突に不安が胸の中で渦を巻き始める。自身の気持ちに素直になるべきか、彼の為を想って身を引くべきか、目を伏せて考えた。――否、応えは既に決まっている。既に恋人という立ち位置なのだから、いまさら後者を選ぶわけがない。
名前を呼ばれ、視線を上げて彼――白膠木簓を見つめ、嬉しさと恥ずかしさが入り混じって自身でもわからない感情のまま、今できる精一杯の笑顔をこぼした。
「はい、喜んでっ!」
刹那、簓の顔色は瞬く間に明るくなる。ホンマか⁉ と返すと同時に思いきり手を引かれて気付けば簓の腕の中。強く抱きしめられ、耳元で大きく安堵の息を吐くのが聞こえた。
「良かった……断られたら俺、どないしょうかと思った……」
「断った方が良かった?」
「アカン! そんなんされたら俺、一生立ち直れんわっ」
普段ならこの辺りで親父ギャグの一つや二つが出るはずだが、それすらも飛び出さないということはそれほどまでに真剣だったようだ。
嗚呼、もう、本当に、これは現実なのかと誰かに問いかけたくなる。夢ではないのだ。幻ではないのだ。応えるように簓の背中に腕を回して、ぎゅうっと強く抱きしめる。
すると、どこからかパチパチと拍手が聞こえた。それは次第に近くなり、傍まで来るとコホンッと咳払いが一つ。そういえば……何か忘れている気がする。
「おめでとう、二人とも。末永く幸せになるんやで」
――思い出した。
背中に回していた腕を解き、離れようとするも簓は許してくれない。頬ずりまでしてきて喜びを爆発させている。
「ところで此処――俺ン家やねんけど、それ以上のことするんやったら出て行ってくれんか?」
「何でや盧笙! ここは盛大に祝うところやろ⁉ 後、おかえり!!」
「ごめん盧笙……ホンマごめん……でも、おめでとう言うてくれてありがとう……おかえり……」
今日は簓の元相方であり、友人の躑躅森盧笙の家ですき焼きパーティーを開催していた。簓がどこで手に入れどうやって作ったのかわからない合鍵を使って盧笙の家に入り、留守の間に食材等も全て準備し、冷蔵庫に入れている。盧笙にはサプライズで、どついたれ本舗のメンバーの一人である自称詐欺師の天谷奴零にも誘いをかけていた。零は諸事情があるらしく遅れて参加予定だ。盧笙が帰ってくるまでの間、テレビを見たりしてまるで我が家のようにのんびりと寛いでいたのだが――その穏やかな空気が破ったのが簓のプロポーズ。すっかりすき焼きパーティーが頭の中から抜け落ちてしまっていたが、盧笙のお陰で思い出すことが出来た。
「――で? 何で二人は俺ン家に居んねん。テーブルの上に置いとるガスコンロと鍋は何や」
「すき焼きパーティーしよう思ってな。この後、零も来るで」
「またお前、勝手なことしよってからに……」
しかも俺ン家でプロポーズってホンマに、とぶつくさ垂れるものの盧笙は眼鏡の奥で目を細くして二人を見ている。
いい加減に離れろーっ! と渾身の力で簓から離れた。照れ隠しに、すき焼きの準備をする! と腰を上げようとしたが、まだアカン! と腰に簓が抱き着き阻止された。まるで子どものように騒ぎ出した二人を前に、まあ何にせよ、と盧笙。
「俺もばっちり簓のプロポーズ聞いたし、こいつのことやから絶対にないやろうけど、浮気とかしたら味方になったるから安心し」
「……ありがとう、盧笙」
「酷いやっちゃなー。浮気℃揩チて海やらプールなんかに行かへんわ!」
「はい寒い。いつもより
「あー……自分でも今のはめっちゃ滑ったと思ったわ」
咄嗟に浮気≠ニ浮き輪≠掛けたらしいが、盧笙に一刀両断された。簓自身もわかっていたのか、今回ばかりは怒るでもなく反省したようだ。
「なあなまえ――……今、幸せか?」
盧笙とは、簓がコンビを組んだ日からの付き合いだ。コンビを解散した後も盧笙は定期的に顔を見せてくれたし、簓が東へ行っている間もひとりの友人として交流を続けていた。ずっと簓の帰りを待っていたのを知っている友人からの問いかけに、もちろんと頷く。
「すごい幸せ!」
「俺もめちゃくちゃ幸せやでーっ!」
腰に抱き着いていた腕を離したかと思うと、ガバァッと今度はしっかりと抱き着いてくる。まるで猫のように再び頬ずりを始めた簓に、人の前〜ッ! と抗議するもスキンシップは激しさを増す。
幸せな時間を大事な人達と過ごす――こんなにも喜ばしいことはない。口では文句を言うけれども心の底では嬉しい。見守ってくれる眼差しも優しく温かい。
ありがとう、ともう一度、唇に載せて紡いだ。