(※万能違法マイクの所為で簓が幼児化。苦手な方はご注意下さい)
店の開店までしばらく時間はあるものの、買い出し等をしていれば時間はあっという間だ。出勤しようと家を出ようとした時、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが音を奏でた。着信相手は友人の「躑躅森盧笙」。通話ボタンをフリックし、もしもし? と応答すると、出てくれたことに安堵した様子の声音で盧笙は話し始めた。
『すまん、いま大丈夫か?』
「うん、大丈夫。どないしたん?」
と、尋ねた時、電話の奥で子どもの声が聞こえた。
同時に、それ俺のプリン⁉ と声を荒らげる盧笙。ん? と首を傾げ聞こえてくる声と音に無言で耳を傾ける。程なくして、再び盧笙の声が聞こえた。
『悪いんやけど、いまから俺の家に来てくれへんか? このアホ全然俺の言うこと聞いてくれへんねん……もう、参ったわ……』
「えーと……親戚の子でも預かってるん、かな?」
『詳しいことは来た時に話すわ。出来たら早よ来てくれると助かる。それじゃ――……あーッ! それはっ、それだけはアカンっ。一個五百円のプリンッ!!』
悲痛な叫びと共に電話はプツリと切れた。盧笙の家で一体何が起こっているのか、ごくりと息を呑む。とにかく大変――というかもう大戦争をしているようだし、店は遅れて開けるか最悪臨時休業にすれば良い。家から出て扉の鍵を閉めると、店ではなく友人宅へと向かった。
盧笙の家に着くなり、中からボロボロな姿で家主が出て来た。何があった、と驚いていると、とにかく上がって助けてくれと盧笙。家に上がり、どついたれ本舗メンバーと共に憩いの場としているリビングへ行くと、そこに居た人物を見るなりぱちりと目を瞬いた。
大きなTシャツを一枚ダボッと来て、ちょこちょこと忙しなく歩き回る、見慣れた幼馴染――の幼い頃の姿にそっくりな、糸目でまるで猫のような顔をした男の子。否、そっくりというより記憶にある幼馴染の幼少期にそっくりすぎる。男の子もこちらをじーっと見上げていた。
「盧笙……この子……」
「落ち着いて聞いてくれ……――簓や」
盧笙曰く、今日はどついたれ本舗としてディビジョンラップバトルに参加し当然、勝ち抜いた。その帰りに路地から突如現れた男たちに囲まれたのの、もちろん撃退した……のだが、一人が隠し持っていた違法マイクを使い、簓に不意打ち攻撃を食らわせた。天谷奴零がきつい攻撃を返しその場は収まったのだが、違法マイクの攻撃を食らった簓は何故か身体が縮み、同時に記憶まで子どもに戻ってしまっているらしかった。盧笙や零のことは覚えておらず、しかしそのままにしておくわけにもいかない。零は違法マイクを所持していた者達に灸をすえておくから先に連れて帰れと言い、盧笙は小さくなった簓を抱えて自宅へ戻った。ちなみに身体が小さくなった為に着ていた服は簓の身体に合わず更には、ゆうかいはんー! と騒がれながらもなんとか自身のTシャツに着替えさせたという。隙を見せれば警察に通報しようとするものだからスマートフォンは取り上げ、落ち着かせるために冷蔵庫にストックしていたプリンを食べさせてもいたが、とにかく大変だったと盧笙は苦労ながらに語った。
目の前に居るのはやはり簓本人なのだと知り、驚いたものの違法マイクの技術は末恐ろしいものだと思う。疲れからかしゃがみ込んだ盧笙を見るなり、まだ警戒しているのか簓はじりじりと後退った。荷物を適当に置いて、後退る簓にゆっくりと歩み寄る。
「こんにちは」
簓と目線を合わすように膝を折りまず挨拶。名前を告げると、幼馴染の名前を同じだと気づいたのか、簓の表情はちょっと緩んだ。自分はその幼馴染の遠い親戚で、時折お好み焼きも食べに行っているのだと即興で作った設定を述べる。簓のことも幼馴染から度々話を聞いており何でも知っていると話した。いくつか簓は確認するかのように質問してきたが全て答えてみせる。すると、少しは信頼してくれたのか、表情は柔らかくなった。
ちょっとごめんね、と残してその場を一旦離れる。しゃがんでいる盧笙の傍に行き、同じように膝を折ると小声で言った。
「懐かしい、可愛い、懐かしいっ、めっちゃ可愛いっ。あと子どもの頃の簓って笑うのホンマ下手くそすぎて可愛いんやけどっ」
「落ち着け、お前の方が誘拐犯みたいやぞ」
「くぅっ……!」
グッと拳を握り萌えすぎると本音をぶちまけるも、すぐに深呼吸を一つ。平静に戻り、簓のもとへ踵を返した。
「ねえ、簓。あの誘拐犯のお兄ちゃんから何ご馳走してもらったん?」
「誰が誘拐犯やねん! ちゃうわ!」
即座に突っ込みを入れる盧笙を無視して尋ねると、ぷりん、と返ってくる。甘い物が続いたら飲み物が欲しいねと提案すると、簓はこくこくと頷いた。
「じゃあ、お兄ちゃんにクリームソーダー買ってきてもらおっか。駅の近くにテイクアウトできるお店出来たって、前に聞いたことがあるんよ」
好物のクリームソーダー≠ニ聞き簓の表情は明るくなる。それは俺に買いに行けということか? としぱしぱ目を瞬かせる盧笙に、頼んだ! と手を合わせた。先程とは違う顔色で見てくる簓に盧笙も嫌とは言えず、わかった、と一呼吸遅れて返事をすると財布とスマートフォンだけを持って外へと出て行った。やったぜー、とハイタッチを求めて手のひらを差し出すと、笑っているのか笑っていないのか見分けのつかない表情で簓はパチンっと手を合わせてくれた。
しばらく二人で話を――というよりも、こちらが一方的に話をしていたのだが、徐々に警戒心を解いてくれたらしい簓は最初の頃よりも相槌やしっかりと言葉を返してくれるようになった。だが、途中で簓の反応が鈍くなる。どうしたのかと顔を覗き込むと、簓は唐突に両腕を伸ばした。
「……だっこ」
致命傷にもなりかねない一言に、゛んむぅっ⁉ と心臓を鷲掴まれる。あまりにも可愛らしいお願いに心臓が死に掛けながらも、要望に応える為に急いで座り直した。
「おいで」
短い脚で両膝の上跨るなり、簓はぎゅっと抱き着いてきた。そんな小さな身体を抱きしめ返し、ぽんぽんと優しく背中を叩いてあやす。簓の身体がぽかぽかと温かいのは眠い証拠だ。腕の中でうとうととし始めたのを見て、思わず目を細めた。
大人の彼は今や売れっ子の芸能人でテレビやラジオに引っ張りだこ。雑誌の取材等もあり、仕事のスケジュールによっては帰って来ない日もある。また、最近では冠番組を手に入れたことがきっかけで忙しさにますます拍車がかかり、休む暇もないと愚痴をこぼしていた程だ。
静かに寝息を立て始めた簓に、おやすみ、と優しく囁くと、愛おしそうに抱きしめ直した――。
★おまけ★
簓が眠りについて十分くらい経っただろうか。喉に渇きを覚え、冷蔵庫に何か飲み物は入っていないかと考える。簓を床に寝かせて動こうとしたが、しっかりと服を握られており離せない。仕方なく簓を抱えたまま立ち上がり、起こさないように冷蔵庫のあるキッチンまで歩を進めた時だった。ぼふんっ、という音ともに突如、全身がまるで鉛でものせられたように重くなった。立っていられず、また重力に逆らえず、まるで圧し潰されるようなかたちでその場に倒れる。同時に、床にゴンッと頭を打ち付け、きゅうっ、と気を失ってから、そこからの記憶はない――。
クリームソーダーを買いに行かされていた盧笙は道中、零と出会った。襲って来た男たちにきっちりと灸をすえたと笑う零に、どんなことをしたのかと尋ねるも、聞かない方が良いと返される。二人並んで盧笙の家に戻り玄関扉を開けると、とんでもない光景が広がっていた。
「ちょっ、えっ、ま、何が起こったんや⁉」
そっ、と盧笙は玄関扉を閉めた。
「……なあ、零。簓、もとに戻っとったな?」
「いや、おいちゃんの目にはTシャツだけ着た変態が嬢ちゃんを襲ってるようにしか見えなかったけどな」
「……そうか、変態か。変態かあれ。せやな、そうやな。ちょっと警察に電話してくるわ」
「待てまて、警察よりもこっちで弱みを握って後々利用した方が良いと思わねぇか?」
くつくつと喉の奥で笑う零に、やっぱりこいつはとんでもない詐欺師だと盧笙は心の中で呟く。警察を呼ぶのは騒いでいた本人に事情を聴いてからでも遅くはないかと納得し、盧笙は再び玄関扉を開け、目を疑う光景の中に飛び込んで行った。
「警察やー、大人しくしろー」
「簓〜、そのままだと流石にまずいから服着ろー」
「どういう状況―ッ⁉」
この後何だかんだあったが誤解も解け、ただ気を失っていたなまえも目を覚ましました。
愛子||231105