(※万能違法マイクの所為で夢主が幼児化。苦手な方はご注意下さい)


いつもならなんとも思わないだろうアコーディオンカーテンの持ち手を背伸びして一生懸命、力を込めて開ける。両腕にしっかりと畳んだ衣服を抱えるものの、残念なことにぼろぼろと床に落ちていく。急いで畳み直し、特に下着だけは見えないように包むようにして衣服にくるむと、持つのを止めてずるずると引っ張るようにした。

「ろしょー、Tシャツ、かしてくれてありがとう」

気にせんでええ、とこの家の主であり友人の躑躅森盧笙はひょこっとリビングから顔を出す。だがすぐに、やっぱデカかったな、と眉根を寄せて申し訳なさそうな色を浮かべた。足に絡みつく大きなTシャツの裾をまるでドレスのようにちょいと摘まみ上げ、服を部屋の端に置いてからなまえもリビングへ向かう。リビングには幼馴染の白膠木簓も居り、こちらを見るなりぽかんと口を開けた。
今日はディビジョンラップバトルの開催日。もちろん、どついたれ本舗は勝ち上がり、決勝へと駒を進めた。決勝は次回に持ち越しとなったが、当然、勝ち進むと知っていたから、なまえの店であるお好み焼き屋は、今日は貸し切りにし祝杯会場の場として準備をしている。メンバー全員で店へ向かう道中でそれは起こった。細い路地から突然、数名の男たちが飛び出し不意打ちというかたちでラップバトルを仕掛けてきたのだ。公式戦で負けた腹いせからか、男たちは随分と気が立っており、汚い言葉を吐き散らす。簓と盧笙、そして同じチームメイトの天谷奴零が前に出て――程なくして男たちを蹴散らした。実力は当然、どついたれ本舗の方が上だ。三人にダメージは一切なく、ほっと安堵の息を吐いた時だった。後ろから、隠れていた男が現れたのは。男は違法マイクを所持しており、三人に攻撃をしようとしていた。だから、咄嗟に身体が動き庇うようにして前に出たのが事の始まり。頭に響く言葉、揺れる視界、耳を劈く声と聲(おと)。ぐわんっと脳内が揺れた当時に、ぼふんっと聞きなれない音が響いた。刹那、入れ違うかたちで簓のラップが背後から響き男にダメージを与える。男が倒れたのを見るや否や、どついたれ本舗のメンバーは急いで傍へとやって来て、そして目を丸くした。

「え……子ども……?」

ぽつりとこぼす盧笙に、いや、と否定したのは簓。確認の為に名前を呼ばれたので頷くと、とんでもないことになった、と全員が全員、頭を抱えた。
その後はまるで流れるように進んだ。簓が子ども――の姿になってしまったなまえを抱きかかえ、盧笙は場所を提供すると言い憩いの場として使っている家を貸してくれた。零は違法マイクを所持していた者達に灸をすえておくから先に帰っておけと言い、今も現場に残っている。盧笙の家に着くなり、着ていたワンピースや下着はサイズが合わずに脱げかけていたのでTシャツを借りた。アコーディオンカーテンで仕切っている脱衣所でTシャツに着替え終え、そうして――今に至る。
唐突に盧笙のスマートフォンが音を奏でる。相手は零からで、皆に聞こえるようにスピーカーに切り替えて通話に出た。

『よお、盧笙。嬢ちゃんは居るか?』
「いるよー」
『随分とまあ、可愛らしい声になっちまって。いっそこのままで良いんじゃねぇか?』
「いやや。みせ、あけれへんやんか」
「意外と仕事人間やな……」

えっへんと胸を張り頷くも、話を続けて良いかと零。おっけー、と拙いながらも返した。あの後、零はしっかりと男たちに灸をすえ、違法マイクのことも聞きだしたそうだ。男たちもまさか攻撃を受けた相手が子どもの姿になるとは露とも知らず、目の当たりにした現実に本当に驚いていたらしい。しかし、幸いにも一人がくしゃくしゃに潰した違法マイクの説明書を持っており、効果は数時間程だと判明した。自然に元の姿に戻るらしく、効果が切れるまで待つようにと零は結んだ。

『まあ、巻きこんじまったことは謝らねぇとな。嬢ちゃん、そっちに行くついでに何か買って行ってやるから、欲しい物はあるか?』
「しゅーくりーむ! おいしいやつ!」
『ははっ、言うと思ったぜ。任せときな、美味しいやつを買って行ってやるよ』

わーい! と両手を挙げて喜んでいると、零はまた後でと残し電話を切った。違法マイクとは全く油断も隙も無い代物だと改めて思う。だが、幸いにも時間が経てば自然に戻ると言うのだから、それだけでも救いなのかもしれない。元に戻るまではじっとしとかなな、と呟くように言った盧笙に、同意するように頷いた。

「――……かっ、」

ずっと黙っていた簓が、ようやく唇を開いた。か? となまえと盧笙は首を傾げる。いつの間にか簓の手にはスマートフォンが握られており、ふるふると手は震えていた。

「可愛ええなぁホンマにッ!」
「わあっ⁉」

むぎゅうっと勢い良く抱き着かれ、すりすりと頬ずりされる。はなせー! と力を振り絞り抜け出そうとするが、もちろん無駄な抵抗に終わる。スマートフォンを握っていたのは、零と会話するなまえの姿を動画に収める為だったようだ。昔は何とも思わなかったが、大人になって改めて子どもの頃の姿を見て、可愛いとしか感想が出てこないらしかった。強く抱きしめられるものだから、流石に全身が痛くなる。

「た、たすけて、ろしょー……」
「簓、それくらいにしとき」
「断るっ!」
「断るな!」

簓の腕の中から無理矢理、なまえを引き離し、どうしようもないやつやな! と盧笙は眉根を寄せる。好きな物を取り上げられた子どものように、゛あーっ、と声を上げた簓を無視してなまえは盧笙の背中を盾にするように隠れた。

「お前、子ども出来たらパパ嫌い≠チて言われるタイプやろうな」
「何でやねん⁉ 俺は世界一、面白(おもろ)いおとんになっとる。せやから逆に、パパ大好き〜!≠チて大人気や!」
「ぱぱきらい」
「――可愛い、おいで、抱っこしたる」
「重症やん」

ついノリで言ってみたら腕を伸ばしてこっちに来いと簓。呆れる盧笙の背中に再び隠れた。

「気分転換がてらプリンでも食べるか?」
「ええの?」

もちろんと頷く盧笙に、自分も食べると簓は手を挙げるがお前は駄目だと一蹴される。いつも勝手にプリンを食べているのだから当然と言えば当然の返答かもしれない。立ち上がった盧笙に続いて歩くと、後ろからカシャカシャとシャッターの連写音が響き、後でしばくとなまえは心に誓う。デザート皿にのったプリンとティースプーンを受け取り再びリビングへ。ちょこんと正座をして、いざ食べようとティースプーンを握ろうとするが、指が上手く扱えない。しかし、プリンは食べたい。仕方がない、とプライドを捨ててティースプーンを手全体でぎゅっと握り、プリンをすくって一口。口内に広がる卵の優しい味。少しほろ苦いカラメルソースに眉間に皺が寄る。

「にがい……けど、おいしい……」

ゴンッ、と鈍い音と同時にテーブルが揺れた。簓が額から突っ伏し、バシバシとテーブルを叩いて悶絶している。やめろと盧笙は言うが簓の動きは止まらない。その間にもデザート皿の上でプリンはぷるぷると震えていた。食べるに食べられない状況に大きく息を吐くと、ティースプーンを置いて腰を上げる。小走りで簓の傍へ行き、てしっと頭を叩いた。

「ささら、うるさい。てーぶるもばんばんせんといてっ。ぷりんたべにくい!」
「つかまえた!」
「ぎゃーっ⁉」

身体を起こしたかと思いきや急に抱きしめられる。しまった罠だったと気づいた時には既に遅く、可愛い柔らかい小さいと言いながらの頬ずり攻撃が始まる。盧笙は肩を竦め、二度目の助けに入るべきか思案しているようだった。

「はーなーせーっ!」
「ほお〜? そんなこと言うてええんか?」

ニヤリと笑う簓に嫌な予感を覚えた。頬ずりを止めたかと思いきや、次に来たのはくすぐり攻撃。普段なら騒ぐ程でもないが、子どもの身体は感覚が敏感なのか、脇の下やわき腹に指が触れるだけでこそばゆい。

「ちょっ、やめっ、はひっ!」
「それ〜こちょこちょこ〜!」
「ちょ、ほん、あかんって!」
「ここでとっておきのギャグを披露や! 薬売りがくすり・・・と笑う!」
「んぶっ、ふふっ、あはは!」
「コチョコチョ話すんはどこの校長・・?」
「やーめーてー! はぁ、ふうっ、あははっ!!」
「ついに俺の天才的なギャグを分かるようになったんやな、なまえ……簓さん感動やわ」

笑っているのはくすぐられている所為であって決して簓のダジャレで笑っているわけではないのだが、笑いは止まらず、否定の言葉すら返せない。簓は感無量とばかりに喜んでいるのだが、くすぐる手の動きは止めない。強引すぎやろ、と盧笙は冷静に突っ込んでいたが、当然、簓の耳には入っていない。笑いすぎて、終いにはなまえの瞳に涙が溢れ始めた。

「ひはっ、もっ、だめっ……たすけ――、」

ぼふんっ、という音と同時に真っ白な煙がもくもくと立ち上がる。けれども煙はすぐに消え、次いで姿を現したのは元に戻ったなまえだった。簓はきょとんとした色を浮かべ、ぴたりと動きを止める。盧笙はさっと顔を背けた。子どもの姿では見えていなかった肌の部分が多く晒され、咄嗟の判断だった。
何気なく、そっと簓の頬に両手を伸ばして触れてみる。手のひらも、先程とは違って大きくなっている。身体は元の姿に戻っていると確信した。
だから――散々、撫でまわしたり人の身体をくすぐったり無断で写真を撮りまくっていた簓の額に一撃、頭突きを食らわせた。



がちゃりと玄関扉が開き、零が遅れてやって来た。手にはなまえが頼んでいたシュークリームの入ったケーキボックスが握られている。

「よお、邪魔するぜ盧笙。……何で簓は倒れてんだ?」
「いや、自業自得というかなんというか……ええ頭突きを喰らわされとったわ」
「は?」

頭突き? と目を瞬かせながら零もリビングへ足を運ぶ。そういえばなまえの姿はない。何処へ言ったのかと視線を動かしていると、脱衣所のアコーディオンカーテンが開き、元着ていたワンピースに着替え終えたなまえが姿を現した。

「あ、零さん」
「元に戻ったのか、嬢ちゃん。良かったな」

ありがと、と軽く礼を言いリビングに戻り定位置に座る。テーブルの上に置かれたケーキボックスに自然と視線は移り、はわっと目を輝かせた。零曰く、駅前で行列が出来ていたので並んで買ってみたとのこと。美味しいかどうかはわからないが、行列が出来るなら美味しいシュークリームなのだろうと笑った。食べかけのプリンが残ってはいるが、贅沢食いをしようとシュークリームの入った箱に手を伸ばしたところで簓が起き上がり、額を抑えながらぽつりと一言。

「なまえ、俺……娘が欲しい」
「どんなタイミングでそんなこと言うかな⁉」

箱を開ける手を止めて咄嗟に声を荒らげる。盧笙は咳払いし、零は愉快そうに笑っていた。
愛子||231105