道中、何故豊久が怪我を負ったのかを聞くと、偵察に来ていた黒王軍らしき少数の密偵と一戦を交えたとのことだった。オルミーヌの言葉も聞かず一人で突っ込んでいったのだという。
何時になったら自分を大切にするのか――文句の一つでも言ってやりたいが、きっと聞いてはくれないだろう。たが、豊久が前線に出ることにより士気は一気に高まり、この集団に欠かせない人物であることは間違いない。それでも、やはりなんとも言えない気持ちがあった。
オルミーヌに案内され廃城の一室へ行くと、かすり傷を負った豊久が居た。豊久の傍には応急処置をしていた与一も居り、やってきた二人を見るなり、嗚呼良かった、とこぼした。
「お豊、なまえ殿が来たよ。これで傷、治してもらえるね」
「ああ、お前か。おるみぬも大袈裟じゃ。これくらいたいしたはことなか」
「たいしたことありますよ! あれだけ血を出してたら……!」
小さく息を吐くとなまえは豊久の傍に行く。与一は腰を上げると、水を汲んでくると言い部屋を出て行った。オルミーヌは村の外にある死体置き場にいるはずの信長を呼びにいって来ると残し同じく部屋を出た。
「オルミーヌから聞きました。密偵と一戦交えたって」
「おう」
「小部隊でも、なかなかに腕の立つ人達だったんですね」
軽い傷の中に深い傷を一つ見つける。深い傷に両手のひらをかざし小さく呪文を唱えると、淡い緑色の光が現れ瞬時に傷を癒した。程なくして、豊久の体から新しくついていた傷はきえる。流石じゃ、と豊久は褒める。なまえは治療が終わったと同時にペチンと豊久の体をたたいた。
「痛っ、何をすう!?」
「別に、叩いただけです」
「……怒っとるのか?」
「怒っていないです」
ふいとなまえは顔を横にそらす。怒っていないと言えば嘘になる。自分の気持ちを上手く言葉にして伝えることが出来ないもどかしさに少し苛々としてしまう。ふっと目を伏せた瞬間、そっと頬に豊久の大きな手のひらが触れた。触れたかと思うと、そらしていた顔を強引に戻される。ぱちりと瞬きをするとずいと豊久は顔を近づけた。
「ちょっ、ち、近いですっ」
「お前が嘘を吐くのが悪か」
「だ、だから嘘なんてついてないです……!」
「怒っておらんと嘘をついた」
うぐっ、となまえは口ごもる。まっすぐな瞳に見つめられなまえは観念したのか、ごめんなさい、と一呼吸置いてから謝った。
「豊久さんには、もっと自分を大切にしてほしいです。豊久さんはみんなの……太陽のような、存在だから。だから、」
無茶をしないでと繋ごうとした時、それは無理だと豊久は遮った。
「怪我を負うのは当たい前じゃ。俺は首を上げうこつしか知らん。じゃっでなまえの言うこたあ守れん」
先手を打たれなまえは目を二、三度瞬く。すぐさま頭を回転させ、それじゃあ、と言った。
「なるべく! なるべくで良いので、怪我を負わないようにして下さい。わたしだって、いつまでも豊久さん達の傍に居れるとは限らないから……」
またいつどこで漂流者がやって来るかもわからない。新しい者が来たとなれば、もしかしたら監視役にかり出されるかもしれない。そうなれば、豊久達の傍を離れるのは必須だ。集団の中で唯一回復術を使えるのはなまえだけだ。もし不在の間に大きな怪我でも負ってしまえば――そう考えると胸は苦しくなった。そっと視線を上げると、豊久は驚いた色をしていた。
「……何でそげん事を言う?」
「え?」
豊久はさも当たり前のように続けた。
「傍に居う事が当たい前だと思っとった。なのに、お前は離れていくのか?」
きゅっと胸の奥が締め付けられた。頬に熱が上り、豊久の顔をじっと見て居られない。返事に戸惑っていると、答えを急かすように豊久はそうなのかと問うてくる。なまえは下唇を噛むと、ふるふると首を振った。
「わたし、は……」
いつまでも傍に居たい――そう伝えかけた時、バタンと部屋の扉が勢いよく開いた。音のした方を見ると、オルミーヌ、与一、信長が三人重なって倒れていた。すべて見られていたと瞬時に理解し、なまえの顔は真っ赤になる。豊久はふうっと息を吐くとなまえの頬から手を離し、おいと渋い顔をした。
「いつから居た?」
じどっと豊久に睨まれ、三人はさっそく言い訳を口にする。
「え、え〜と……そのう……」
「俺とオッパイーヌは"傍に居るのが当たり前"〜とかいう辺りだったかのう〜?」
「ちょ、信さん!? 本当のこと言わないでくださいよ!!」
「僕は"いつまでも豊久さん達の傍に居れるとは限らないから"〜ってなまえ殿が言った辺りかなー」
ハハハーッと陽気に笑う二人とは反対に、オルミーヌは盗み聞きをするつもりはなかったと平謝りする。なまえは恥ずかしさ故に両手で顔を隠し、体を小さくしていた。豊久は面倒くさそうに片手で頭をかく。
「ま、別に良いじゃねぇーか」
「盗み聞きしておいて良く言えますねっ」
「黙れーいオパイーヌ!」
「オルミーヌ! 名前覚えろ!!」
ぎゃーっと騒ぐオルミーヌを置いて信長はにやりと笑う。
「なまえをどこかへ連れては行かせないにゃ〜。なんたって俺達には欠かせない奴だからな」
「そうそう。もし無理にでも連れて行くのであれば、僕が一発で仕留めてあげるよ」
「ちょ、お二人とも……それ、大師匠が聞いたら絶対怒るんですけど……ていうか仕留める前に私が阻止します」
二人の物騒な発言に最後は突っ込むのに疲れたのか、オルミーヌはがくりと肩を落とした。そんな三人を見て豊久はふっと笑う。なまえも手を下ろし、三人のやり取りを見るなり表情を緩めた。くしゃりと豊久はなまえの頭を撫でる。なまえはきょとんとした色を見せた。
「お前はずっと俺の傍に居れば良か」
豊久の言葉に、なまえは数秒と立たずふわりと顔を綻ばせた。豊久も無邪気な色で微笑んだ。
君の笑顔のために
「ていうか、そこ! 二人の世界に入らない!」
「ほっとけほっとけ。あれ、一日に何回かある世界だし〜」
「今に始まったことじゃないですしな〜」
「いやまあ、そうですけど……って。なんでおっぱい掴むんですか、信さん」
「なんとなくむかついて」
愛子||151126
(title=かなし)