学校の帰り道、後ろからそんな言葉が聞こえた。振り返ると、赤い色の服を着た、歳の近い男の子が立っていた。
兄の名前を知っているのなら、恐らく知り合いなのだろう。だが念のために、どなたですか? と尋ねた。男の子はくすくすと笑う。
首をかしげていると、男の子はゆっくりと歩み寄って来た。瞬間、背筋に寒気が走った。
初対面のはずなのに、脳内では危険信号を発している。男の子との距離を一メートルときった時、反射的に体を捻り彼に背を向けた。――だが、ぐいっ、と後ろから腕を引っ張られた。
驚いて再度、振り返る。そして目を見開いた。男の子は、そこに居た。
「逃がさないよ、草薙なまえ」
掴まれた腕に力を込められ、顔を顰めた。
「っ、はなして……!」
手を振り払おうと必死に抵抗をする。しかし、それは無意味に等しく、握る手の力は増すばかりだった。
咄嗟に肩に下げていた鞄をアスファルトの上に落とし、空いている腕を振り上げ男の子の頬に平手を食らわせた。――はずだった。
「っ!?」
なまえの攻撃は、しっかりと受け止められた。これで両腕の自由は無くなった。ならば最後の手段として残っているのは足しかない。だが、兄や父とは違い格闘技を真剣にしたことが無い。寧ろそっち側は観ていることが担当だった。それでも、兄と同じようにすれば何とかなるかもしれない。覚悟を決め片足を動かそうとした時だった。
「それ以上動くと、灰にするヨ」
耳元で、そう囁かれた。瞳を動かし男の子を見ると、微笑んでいるが真剣な色をしていた。体は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。
「ふーん、ちょっとガッカリだなあ」
ため息交じりに男の子は呟く。
「草薙京の妹だから、ちょっとは期待してたのに」
男の子の台詞に、まさかと思う。彼はもしかして、キングオブファイターズの出場者かなにかなのだろうか、と。それならば先程の言葉にも説明がつく。ふいに、綺麗な瞳の中になまえの姿が映ると、にこりと男の子は微笑んだ。
「違う意味で、興味をもったヨ。草薙なまえ」
えっ? と声を上げたと同時に、唇に何かが触れた。重なったものの正体を理解するなり、唇を割って何かが入ってきた。侵入してきたそれを、少し躊躇ったが強く噛んだ。嫌な音が聞こえ、男の子は眉根を寄せる。口内に鉄の味が広がった。
ドンッ、と突き放され、勢いよく後ろに倒れしりもちつく。痛みと、そして恐怖からか、知らずのうちに涙が溢れた。
睨むようにして前に立っている人物を見上げる。男の子もまた、冷たい瞳で見下ろしていた。しかしすぐに、表情は変わり微笑んだ。
ますます興味が沸いてきたヨ、と言うなり、そうだ、と何かを思い出したかのように軽く手を打った。
「そういえば、名前を言っていなかったね。ボクの名前はアッシュ。アッシュ・クリムゾン」
アッシュ……? と名前を復唱する。そう、と男の子――アッシュは頷いた。
「覚えておいてね、近いうちに、また会いに行くから。オルヴォワル、なまえ。またね」
素敵な笑顔を一つ見せると、くるり、とアッシュは背を向けた。
Life is game.
――さあ幕は上がった!
(いったい何なのよっ、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。どうしてわたし、ドキドキしてるのよ……っ!)
愛子||160914
(title=たとえば僕が)