十二時頃に午前の練習を切り上げた。一時間程の休憩を取った後、午後の練習を始める予定だ。雷市とともに近所のスーパーへ弁当を買いに行こうとした時、突然、三島が素っ頓狂な声を上げた。声を上げた三島の方を見ると、ふるふると前方を指差して固まっている。指先を視線で追うと、私服姿のなまえが大きな荷物を持って来ていた。テンションマックスで練習に励んでいたはずの雷市は一番にバッドを置き、グラウンドの外へ出ると、駆け足でなまえのもとへと向かう。轟も驚き雷市の後を追った。二人以外は何事かとざわついていた。
「カハハッ! 姉ちゃんも練習しに来たのか!?」
「そんなわけないでしょう」
「お前、何しに此処に……」
轟の言葉を遮るように、なまえは持っていた荷物をずいと差し出した。きょとんとする二人を前になまえは視線を逸らす。
「スーパー行ったら色々特売してたから。後、用事早く終わって、ちょっと暇になったから」
言いたいことが伝わっていないのか、二人は同時に首をかしげる。なまえは眉根を寄せると、雷市の手をとるなり荷物を持たせた。雷市の腕にずしりとした重みが伝わる。ふと、雷市は以前、なまえから弁当を渡された日のことを思い出した。その時も今のように無理矢理渡された。もしかして、と思ったことを口にした。
「弁当?」
「弁当!? マジかっ。しかもこんなにか!?」
渡された弁当の容器は恐らく重箱だろうと轟は目測する。暇と特売が重なったからといって作れるものではないと轟はすぐに気づいたが、敢えて言わないことにした。今朝、昼はどうするのかと尋ねてきた理由がわかり、なまえの優しさに表情はゆるみそうになったがなんとか嬉しさが爆発するのを堪えた。
「へえ、娘さんから弁当の差し入れっスか。良いですね」
いつの間に傍へとやって来ていたのか、首からスポーツタオルをかけた真田が轟に声をかける。羨ましいだろサッナーダ! と胸を張り自慢をする轟とは反対に、なまえは咄嗟に雷市の後ろに隠れた。姉ちゃんの飯はすげー美味い! と轟に負けじと自慢をする雷市に、良かったな、と真田は微笑む。雷市の後ろに視線をやると、なまえはじっと上目で真田を見ていた。
「親父、腹減った。早く飯食おう! 姉ちゃんの手作り!!」
「そうだな! っつか雷市、弁当振り回すな馬鹿!!」
食うぞー! と声を出して喜ぶ雷市は弁当をぶんぶんと振り回し日陰のある場所へと走り出した。そんな雷市の後を、アホーッ! と叫びながら轟が追いかける。まるで子どものように騒ぐ二人になまえは息を吐き、いくつなのよ……、とこぼす。ひとまず役目を終え帰ろうと踵を返した時、なあ、と真田に呼び止められた。
「この後、何か用事でもあるの?」
「いえ、特には……」
「それなら一緒に飯食おうぜ、なまえちゃん」
この人の誘いは断りにくいとなまえは心の中で呟くと、一呼吸遅れてからこくんと頷いた。真田とともに日陰に集まった野球部員達の輪の中に入る。雷市と轟はすでに弁当を広げ、好物の奪い合いをしていた。何故か真田の隣に座らされ、なまえは困ったように体を小さくする。部員達は唐突に訪れた異様な雰囲気に昼食を食べつつ視線を向けることしか出来なかった。
「二人とも、なまえちゃんも一緒に食うんですから全部食べないで下さいよ」
「っと、いけね。なまえ、この一段やる。食え!」
「この一段って……野菜しか入れてないんだけど」
「「肉と魚は任せろ!!」」
「この馬鹿親子……!」
差し出されたお重と余分に入れていた割り箸を受け取り、なまえはグッと拳を握る。真田は大きく笑った。
ご飯を食べて程なくして、そういえば、と真田は口を開いた。
「昨日は大変だったんじゃないのか?」
なまえはピタリと動きを止め、何故知っているのかと目を大きく見開く。真田は昨日の夕方にあったことを話し、事情を知っていたからこそ、その後のことを尋ねたのだと言った。なまえは少し悩んだが、えっと、と唇を開こうとした時、俺達が心配することじゃないか、と真田は遮った。
「家族に戻ったから、こうして来てンだもんな」
「……はい」
ふとなまえは、あれは食べれなかったこれは食べたと言い合う雷市と轟に目をやる。今まで味わったことのない感情に自然と笑みは溢れる。そうだ、と真田は何かを思い出したかのようにポンと手を打った。
「あの話、流れたままだったけど、前向きに検討してくれよ」
「……何を、ですか?」
きょとんとした色を浮かべ首をかしげる。何をって、と真田は苦笑した。
「うちのマネージャーにならねぇかって話だよ」
すっかりと忘れていた話に、あっ! となまえは声を上げる。自分もだが、周りもそろそろ忘れかけていた話題を憶えているとは、真田はすごいと思った。
マネージャーにならないか――この言葉はなまえの心にずっと引っかかっていたものの一つでもある。好きなものを近くで観ていたい。精一杯頑張る選手達を傍で応援したい。少しでも役に立てるのであれば力になりたい。
しかし、野球に触れると思い出すのは嫌な事ばかりだ。
だが、今なら……否、弟と父が傍に居てくれるのであれば、その思い出から――自分の気持ちに嘘を吐かず乗り越えられるかもしれない。
目を伏せたなまえに真田は問いかけた。
「野球は好きか?」
なまえがどう応えるのか、真田はまるで知っているかのように不敵な笑みを浮かべる。視線を上げ真田を見ると、敵わないな、と口の中で呟き、同時にはっきりとした声で返事をした。
「――はいっ!」
わたしは野球が大好きです――。
なまえはようやく自身の本音を声に、言葉にして、告げることが出来た。
愛子||160120