5-6で迎えた9回表、2アウト1ボール2ストライク。打席には雷市が立ち、薬師は必ず逆転をすると信じていた。
だが、試合は一球で決まった。
たったの一球――されどそれはとても重い渾身の一球。青道のエース、丹波光一郎の投げた、データにないフォークボール。
今までは投手との戦いを楽しんでいた雷市だったが、初めて仲間の為に打つことを――期待に応えるというプレッシャーを全身に浴び、自分のスイングが出来ず三振に打ち取られた。
接戦を制した青道の選手達はみんな笑顔で、勝敗を決した瞬間わっと丹波の周りに集まる。スタンドから試合を観ていたなまえはぐっと制服のスカートの裾を握り締めた。
しばらくして控え室から出てきた薬師の部員達と球場の外で合流をした。涙を流している者が多く、なまえもつられて泣きそうになったが、ぐっと歯を食いしばり堪える。精一杯戦って敗北を味わった部員達の方が辛いのだから、応援をしていただけの自分が泣いてはいけないと思ったからだ。
轟は部員達に背を向け俯いていた。周りから温かい声をかけられる中、なまえは何も言わずに雷市の傍へと歩み寄る。雷市は大粒の涙を流し続けていた。
「……男の子でしょ、そろそろ泣き止みなさいよ」
声が震えそうになるのを我慢して言い、なまえは雷市の頭をやさしく撫でてやる。すると、雷市は潤ませた瞳でなまえを見るなり唐突に抱きついてきた。驚いたが、肩を震わせ鼻水を啜る雷市にかけてやる言葉は見つからず、なまえは小さく息を吐くと背に腕を回しぽんぽんとさすった。なまえの肩口に顔を隠すようにおしあて、雷市は泣き続けた。
そんな雷市にもう泣くなと三年生は声をかける。雷市が打てなかったことを誰も責めはしない、むしろ諦めがつく、と三年生達は紡いだ。過ごした時間は短かったが、強い絆で部員達は結ばれていた。三年生が一年生の雷市を認めてるということが一番の証明だろう。
雷市に言葉をかけた後、三年生はずっと背を向けている轟に向き直ると背筋を正し声を張った。
『指導してもらった一年半、本当に有難うございました!』
一年半の思い出を振り返り、各々感謝を述べていった。フンッと鼻を鳴らすと、勝負は負ければ終わりだ、と轟はそっけなく返す。しかし、三年生はそれでも轟に野球を教われて良かったと、毎日が新鮮であっという間だった、と一度言葉を切ると大きく息を吸い込んだ。
「ありがとうございました!」
『したぁ!!』
と、一斉に深々と頭を下げた。その瞬間、轟の肩が少し上がったのをなまえは見逃さなかった。きっと今、大粒の涙を流しているに違いない。いつもなら冗談の一つや二つをかけて轟をからかってやるのだが、そっとしておくことにした。家に帰ってからも、今日くらいは優しく接してやろうと思った。
顔を上げると三年生は下級生ひとり一人に声をかけていった。雷市にも再び声をかけ、全国に名前が轟くことを待っている、と伝えた。そして最後に、なまえ、と呼ばれた。なまえは目をぱちぱちと瞬き三年生を見た。
「お前が入ってきて、毎日がもっと楽しかったぜ」
「エラーした数だけランニングのペナルティは本当に鬼だと思ったけどな」
笑う三年生に、褒めているのかそうではないのかどっちなのかと問いかけようとしたが、話は続く。
「けど、ランニング後に"お疲れ様"ってドリンク渡された時はすげー達成感を得られたぜ」
「なまえのおかげで俺達、もっと野球を上達させることが出来たんだ」
「これからも、ちょっとだけ優しくして皆を支えてやってくれよな」
そうして三年生は声をそろえて、ありがとう、と言った。瞬間、なまえの胸はきゅっと締め付けられた。鼻の奥はつんとし目頭は熱くなる。なまえは静かに下唇を噛むと、三年生達に頭を下げた。言葉にすると雷市以上に大きく泣いてしまうだろうから、これだけしか出来なかった。
また一から出直しだ、となまえは思う。もう一度、チーム皆で強くなろう――。
なまえはぎゅっと雷市を強く抱きしめた。
愛子||160214