夏休みが訪れたのもつかの間で、本来であればもうしばらく休養期間はあったものの、気づけば部員達は集まり誰が言うでもなく新チームは始動した。個々の能力にあった練習を中心に、課題点を踏まえ今後の予定を組み立てていく。しっかりとしたプランをなまえは作りたかったが、轟は練習も大事だが経験を積むことが必要だと言い、来週の日曜日から立て続けに練習試合をスケジュールに組み込んでいった。しかも発表をしたのはついさっきで、あまりにも唐突なことに部員達はもちろん驚いた。なまえは顔を顰めたが、部員達は驚きをやる気にかえたため、何も言えなくなった。更に強くなろうという気持ちが心の奥底から湧き上がったらしかった。
練習試合の話を聞き一番盛り上がっていたのは、つい先日引退したばかりの三年生だった。三年生は受験勉強を放り出し、下級生の為に練習へ参加をしてくれている。課題の一つだった守備を中心とした練習を手伝ってくれており、轟となまえは感謝した。
再開した練習風景を見ながら、轟は顎を撫でて少し考える素振りをする。眉根を寄せ時折真剣な色をする轟に、ドリンクの準備を終え戻ってきたなまえは気持ち悪いと声をかけた。
「相変わらず親にも容赦ねぇな、娘の癖に」
「本当のことじゃない。……それで? 何を悩んでいたのよ」
そう尋ねると、轟はぽつりとこぼした。三年生が抜けた後、投手はエースである真田と一年の三島の二人がメインとなる。理想は二人で回したいところだが厳しいだろう。まして春先に一度足を痛めた真田に長く投げさせるわけにはいかない。できれば後一人、投手が欲しい。しかし、誰を三人目の投手として加えるかを悩んでいるのだと轟は言った。
なまえは練習に励んでいる部員達の顔を一人ひとり見ていく。投手として必要なものを持っている選手――しっかりと土台の出来ている者といえば、目にとまったのは一人しか居なかった。
「雷市に投げさせれば? あいつ、プレッシャーとかあまり感じないだろうし、投手として一対一の戦いを楽しむかもね」
轟は一瞬きょとんといたが、すぐにポンッと手を打った。
「それだ!」
「まじか」
まさか受け入れるとは思わずなまえは無意識に言葉を返した。轟はニタリと笑うと、三年生にノックをしてもらっている雷市を呼ぶ。すると雷市はホームに返さなければならない球を大暴投した。もちろんなまえはそれを見逃さずチェックを入れる。苦い笑みを浮かべつつ雷市は轟となまえのもとへ駆け足でやって来た。今のを見ていたかと顔色で問いかけてくる雷市に、なまえはニコリと笑いを頷いた。
「雷市、ピッチャーやってみねぇか?」
「ピッチャー!?」
そうだと頭を縦に振り轟は話を始める。ほどなくして目をキラキラと輝かせた雷市は、投手としての楽しみをさっそく味わってみたくなったのか、続く轟の話に興奮気味に相槌を打った。そんな二人を見て、本当にうちの男どもは野球馬鹿なんだから、となまえは目を細めた。
「監督、ランニング終わったんで俺も今からノックを受けますね」
と、息を整えた真田は三人の傍へやってくるなり轟に声をかける。轟は真田を一瞥し、任せるとでも言うかのように軽く手をあげ、再び話を戻した。轟と雷市を交互に見やり、流れてくる汗をインナーの袖で軽く拭いつつ真田はなまえに尋ねる。
「何かとんでもない話でもしてるのか?」
「雷市に投手をやらせるんですって」
「また凄いこと考えるな、この人は」
「思いついたのはわたしです」
「さすが親子」
真田は微笑みくしゃくしゃとなまえの頭を撫でる。もう馴れたのか、もっと褒めて下さって良いんですよ? と冗談交じりに胸を張ると、ばーか、と小突かれた。
「お疲れ様っス、サッナーダ先輩。先輩もノック受けるんスか?」
「ああ。ミッシーマはシートノックしてたのか?」
真田の問いかけに三島は頷くもすぐにその呼び方をやめてくれと返す。
「折角、先輩達が来てくれていることだし、ノック受けておこうと思って」
「ミッシーマって謙虚よね」
「お前までミッシーマ言うな、雷市姉!」
「怒るなよ、ミッシーマ」
「真田先輩、また呼んだ!?」
グヌヌッと顔をゆがませる三島に、なまえと真田は声を揃えて笑った。話はまとまったのか、わかった! と雷市は大きく返事をした。
「とりあえず投げる! それから次の回でぶっ飛ばす!! カハハハ!!」
最初はそれで良いか、と轟は呟いた。何の話だと尋ねてきた三島になまえは先程、真田に言ったことを伝えた。
ふと、轟に雷市、真田に三島、そしてグラウンドに居る部員達と三年生に一通り目をやりなまえは思う。薬師高校野球部は夏以上に強くなれる、と。皆、あの青道との戦いを糧に更に絆を深めた。それはしっかりと心で感じとることが出来る。次の試合――秋の大会では、この夏以上に薬師という旋風を吹かせ、全国に名を轟かせよう。そして、夢のあの舞台――甲子園への切符を皆で手に入れよう。
柔らかな風に吹かれ、なまえは結んでいた唇を開いた。
「今度こそ行こう、甲子園に」
轟と真田はふっと両口角を上げた。三島は自信あり気の色を浮かべる。雷市は大きく笑うと、待ってろ甲子園ー! と声に出す。雷市らしい反応になまえは小さくふき出した。
「甲子園に行くなら、俺達だけの力だけじゃなく、もう一人……支えてくれるやつが居ねぇとな」
轟の言葉になまえはぱちぱちと目を瞬く。視線が自分に集まっていることに気づき、きょろきょろと目を泳がせた。
「頼りにしてンぜ、敏腕マネージャー」
「よろしく、姉ちゃん! カハハ!!」
意味を理解したのか、なまえはふいと顔を逸らし唇をすぼめる。ほんのりと頬を赤く染めながら、ぽつりと返した。
「勝手に頼ってなさいよ、馬鹿親子」
なまえが照れていることを知った真田と三島は顔を見合わせるなり笑い出す。轟と雷市もなまえの性格を理解しており、相変わらずの反応に大きく笑った。
クリームソーダの魔法に溶ける
(このチームで、この皆で、次こそ乗り込んでやろう――あの舞台へ!)
愛子||160214