2月26日――轟の言いつけにより、今日は部活動を早めに切り上げることとなった。着替えを終えて更衣室を出る。夕食を作るにも時間が早すぎるしどうしようかと考えていると、なまえを探していたらしい轟とばったりと出会った。出会うなり、雷市と一緒にケーキをとって来い、とぶっきら棒にそう告げ、なまえにいくらかのお金を渡し、予約している店を教えるとどこかへふらふらと歩きだす。だがすぐに歩みを止め、踵を返しなまえのもとへ戻って来た。戻って来たかと思うと家の鍵を貸してくれと言う。スペア持ってるでしょうと顔を顰めると忘れたと轟は答えた。仕方なく家の鍵を渡すと、ありがとよ、と残し轟は再びどこかへ歩き去って行った。
今日はなまえと雷市の誕生日だ。もちろんなまえは忘れておらず、今日は何かサプライズか何かあるのではないかと心なしか期待をしていた。だが、まさか主役である自分達に予約をしている誕生日ケーキを取りに行かせるとは思いもよらなかった。
何なのよもうっ、と小言をこぼしつつ、部員達が使っている部室の扉の前に立つ。誰かが出てきたら雷市を呼んでもらおうと考えていた。しかし、中から一番に出てきたのは雷市ひとりで、なまえはぱちぱちと目を瞬かせた。雷市が出てくる時は真田や三島、秋葉達と一緒に出てくることが多い。思わず、一人? と声をかけると、雷市はこくんと頷いた。
今日は本当に変な日だと口の中で呟くも、なまえは轟から言われたことを雷市に伝える。すると雷市は驚いた色を浮かべた。今日という日について、大切なことをもう一つ思い出したらしかった。しかしすぐに表情を戻すと、轟に対して少々愚痴をこぼすなり、なまえの隣に並び歩き出した。
学校からケーキ屋までは片道二十分とかからない距離だが、帰りに多少時間がかかる。家の近くにもケーキ屋はあるはずなのだが、轟は何故わざわざ遠い場所を選んだのか、不思議になった。近くのあそこでも美味しいのに、と心の中で思っていると、なあ、と雷市は口を開いた。
「姉ちゃんは親父に欲しい物とか聞かれた?」
「聞かれた。雷市も聞かれたの?」
聞かれた、と雷市は首を縦に振る。あの父親はサプライズという言葉を知っているのだろうか、となまえは小さくため息を吐いた。
「姉ちゃんは何て答えた?」
「欲しいものはないから、給料上げてもらえるようにしろって言ったわ」
「姉ちゃんらしい」
流石だと言わんばかりに雷市はカハハッと笑う。そういう雷市は何て答えたのかと聞けば、バナナと肉! と即答された。流石だと言わんばかりになまえも笑った。
「――あのさ、」
唐突になまえは笑うのをやめ、雷市に問うた。
「雷市は、もらって困るものとかある?」
雷市は一瞬言葉に詰まったが、すぐに首を横に振る。特にないことを伝えると、そう、となまえはそっけなく返した。一呼吸遅れてから、そういう姉ちゃんは? と今度は雷市が聞く。なまえも特にないと返事をした。そっか、と雷市はひそかに安堵の息をこぼした。
しばらく歩き、ケーキ屋へ着いた。中へ入り名前を伝えると、女性店員はぱたぱたと慌しく動く。数分と経たずに二人の前に大きな箱を持って来た。こちらで宜しいでしょうかと問われ箱の中身を見せてもらうと、大きなケーキの真ん中にチョコレートのプレートが飾られており、そこには「Happy Birthday なまえ 雷市」と可愛い文字で書かれていた。
しかし二人はさっとそれに目を通しただけで、ケーキの大きさにただただ驚くばかりだった。一体何人分……と呟くと、9号サイズなので二十名様ちょっとあります、と店員はラッピングを施しながら微笑んだ。轟から渡されたお金で支払いを済ませ店を出る。ケーキは雷市が持っているのだが、随分と慎重に歩いていた。いつもの買い物ならもっと早く歩けとなまえは叱咤するが、怒るにも怒れない。こんなに大きなケーキを買ったこともなければ持ったこともない為、ゆっくり歩きなさいよっ、となまえも心配して声をかけた。
道中、信号に引っかかり恐る恐るといった風に立ち止まる。ケーキの箱が傾いてはいないことを確認すると、二人はほっと肩を撫で下ろした。同時に、雷市はくしゃみを一つ。ずずっと鼻水をすする雷市に、寒いの? となまえは尋ねる。大丈夫、と雷市は返すももう一度、今度は大きくくしゃみをした。瞬間、二人はハッとなりケーキを見る。特に大きな変化はなかった。
「なんで出る時にマフラー巻いて来なかったのよ」
「朝、そんなに寒くなかったから……」
「寒かったわよ」
吐いた白い息は宙で消えた。まったくとなまえは肩を竦めると、自身の首に巻いていた白色のマフラーを外した。名前を呼ぶと雷市は首をかしげる。ほら、と言うと雷市の首にふわりとマフラーを巻いてやった。きょとんとした色を浮かべ、雷市はぱちぱちと目を瞬いた。
「これでちょっとはマシでしょう?」
マフラーに軽く顔を埋めながら、雷市はぎこちなく頷いた。信号は青に変わり二人はゆっくりと歩き出す。その時、雷市はカハハッと嬉しそうに笑った。
「温かいし、良い匂いがする。ありがとう、姉ちゃんっ」
目を丸くするも、なまえはすぐにふいと視線を逸らし唇をすぼめる。ほんのりと頬を赤く染め、気にしなくていいから、とそっけなく返した。なまえが照れていることに気づき、雷市は再び笑った。
慎重に歩いていたため随分と時間は掛かったが、ようやく家に着いた。インターホンを鳴らすも応答はなく、なまえと雷市は疑問符を浮かべる。ドアノブに手を掛け開けようとするも、鍵が掛かっていた。なまえは顔を歪め、あの親父はっ、と心の中で悪態をつく。
「姉ちゃん、鍵は?」
「あいつが忘れたっていうから貸したわ」
まじか、と雷市も眉根を寄せる。いつも家族一緒に帰宅するため、自宅に電話をかけようにも、学校がある時は携帯電話を持ち歩かないからそれは出来ない。公衆電話から掛けようかと思ったが少し距離がある。
なまえは腕を組み考えた素振りをしたが、庭に足を向けた。雷市も後について行く。庭へ出るなりリビングに繋がっている窓へまっすぐに歩を進める。カーテンはしまっており中は見えないが、出かける時に必ず閉めているはずの鍵は開いていた。轟が帰っていると確信したのか、なまえは勢いよく窓を開けた。
「ちょっとお父さん! 居るなら玄関を開け、」
瞬間、バッとカーテンが開いたかと思うとパァンッという破裂音。なまえと雷市は目を見開き、ぽかんとした表情を浮かべた。二人の前にはニタリと笑った轟と、その後ろにクラッカーを持った野球部員達となまえの親友の姿。
「おう、お帰り二人とも!」
そんでもって、と轟は続ける。
「誕生日、おめでとさん」
数十秒程、なまえと雷市は同じような顔をして固まっていたが、お互いに顔を見合わせるなり二人はふっとふき出す。ひとしきり笑った後、なかったと思っていたサプライズを施した皆に向き直り、満面の笑みを見せた。
今日という日に祝福を
(みんなありがとう――!)
愛子||160220
(この後、雷市の料理披露と二人にそれぞれプレゼントが贈られるという展開に発展。ドタバタ誕生日会はよる遅くまで続きました…という設定で。フライングだけど雷市くんおめでとう!)