テレビを観ているとふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。視線をちらりとオーブンの前に立ちじーっと中を覗いている娘のなまえにやる。明日は2月14日――バレンタインデーで、なまえに本命は誰かと冗談交じりで聞くと本気で殴られそうになったのはつい先程の話だ。
チンッと鳴ると同時に轟は再びテレビに目を戻した。ごそごそとキッチンから音が聞こえるも、ほどなくして大きなため息が聞こえた。
よっこいせ、と口にし腰を上げる。のそのそなまえの傍へ行くなり轟はぱちぱちと目を瞬いた。確かなまえはクッキーを作ると言っていた。が、出来上がった"それ"はどうも想像しているものと違う。
甘い香りを漂わせ、出来立てを示す湯気を出している。ハートや星の形をし一口サイズではあるものの、ふっくらと丸みと焼き目をつけている"それ"。轟は思わず思ったことを口にした。

「これホットケーキだよな?」
「クッキーよ!」
「いや、どう見てもホットケーキだろ!?」

違うと抗議するなまえに、いやいやいやと轟は顔を顰める。むっと頬を膨らませると、クッキーだと言い張るそれを一つ手に取り轟の口にねじ込む。軽く租借し、こくんと飲み込むとふむと轟は答えた。

「やっぱこれホットケ、」
「クッキー!!」

まるで怒った子犬のように吠えると、ふんっとそっぽ向きゴミ箱の中から捨てたはずのホットケーキミックスの空箱を取り上げる。説明文を読み返し、間違えてない間違えてない、となまえは呟く。そんななまえを他所に轟はもう一つ、クッキーと譲らない見た目は完璧にホットケーキなる代物をつまむ。口に含むと、やはり食感も味もホットケーキだった。
庭で素振りを行っていた雷市は戻ってきた瞬間、鼻をひくつかせる。轟から譲り受けた「金のなる木」とかかれたバットを急いで部屋へ置くと、手を洗い、ダッシュでキッチンに来た。素振りを始める前になまえから何を作るのかを聞いていたため、雷市は期待の眼差しで轟の隣に並ぶ。が、出来上がった"それ"を見てパチパチと目を瞬いた。

「クッ……ホットケー……?」
「クッキーって言ってるでしょう!? 何なのよ二人してっ!!」

くわっと顔色を変えてきつく言い放つなまえに、雷市は顔を引きつらせピタリと動きを止める。轟は小さく息を吐くと一度リビングへ戻り、テーブルの上に置きっ放しされているなまえの携帯電話を手に取った。再度、キッチンへ戻り何故か雷市に当たっているなまえを無視し、持ってきた携帯電話の写真機能を起動させる。仮名称クッキーをカシャリと撮ると、次に無料通信アプリを開き真田俊平個人に先程の写真を送った。

『くっきーって言い張ってるんだがほっとけーきだよな? ばい かんとく』

既読の文字はすぐにつき数秒たたずに『え』と一文。

『どう見てもホットケーキだと思います』

と、続けて真田から返信があった。姉弟の間に割って入りほれとなまえに画面を見せる。じっと液晶画面を見つめるなり、ふいとそっぽ向いた。

「……いいわよ。明日はコンビニとかで適当に買って配るから」

つぶやく様に言うと出来上がったそれらを片付け始めようとする。が、それを阻止したのは雷市だった。腕を伸ばしてつまむと、ぱくりと口の中に放り込む。もぐもぐと口を動かした後、にこりと雷市は歯を見せて笑った。

「姉ちゃんの作ったものは何でも美味しい!!」

だから大丈夫だと言うようにグッと親指を立てた。少し遅れて轟も雷市と同じポーズをとって笑った。ほどなくしてなまえは不機嫌な色から表情を緩める。肩をすくめると今度はほんのりと頬を赤く染め、煽てたって何もでないからね、とこぼすと片付けようとするのをやめた。

「……ありがと」

ぶっきら棒だが嬉しさを込めた声音で伝えると、なまえはふわりと微笑んだ。


お姫様はごきげんななめ
「でもお父さんには明日、5円のチョコレートしかあげないから」
「何でだよ!? 雷市と一緒にほめてやったじゃねぇかっ」
「雷市、明日の晩御飯にトンカツ出してあげる」
「トンカツ!? ありがとう姉ちゃん! カハハ!!」
「いやまじで何で!?」
「胸に手を当ててよく考えなさいバカ親父!」
「……――何で!?」

愛子||170222