またか、となまえは机に次の授業の準備を出すと大きく息を吐いた。入学してはや一週間――。同じクラスの野球部に入部した三島と、そして雷市は休憩時間に入る度になまえの傍へとやって来た。そしてかけてくる言葉はもちろん決まっている。
「野球部のマネージャーになってください。カハハ!」
「野球部のマネージャーになってください。……なんで俺が、」
「丁重にお断りします一昨日きやがれ」
クラスメイトも最早恒例となりつつあるこの光景に初めは面白がっていたが、今となってはアウトオブ眼中だ。小学校の頃よりなまえとは親友の子と、高校に入って話が合い仲良くなった子達は三島と雷市を見るなり、懲りないなぁ、と苦笑する。なまえはジドッと上目で二人を睨んだ。
「あ、う……えっと……」
「無理して喋ンな雷市。俺に任」
「いくら頼みに来たってしないわよ、マネージャー」
三島の言葉を遮りなまえは言う。雷市に無理やり野球部へ引っ張られてからというもの、その翌日から野球部員達は交代々々でなまえにマネージャーになってほしいと頭を下げに来た。初めは丁重に断っていたものの、二年の真田という人物から父の頼みで半分は仕方なく誘いに来ているという話を聞いてから断る態度を一変させた。轟が来たにしてももちろんマネージャー勧誘の話は断るが、人を使って誘ってきた、ということにむかっ腹が立って仕方ない。誘いに来る部員達に悪気はないのを知っているが、大人の対応というものをなまえは出来なかった。
「何度も言ってるけど、バイトが忙しいの。だからはマネージャーは無理。後、野球嫌い」
「けど、監督や雷市から聞いた話じゃ、お前小さい時はよくキャッチボールとかしてたンだろ?」
「……小さい時の話よ」
ふいと視線を逸らしなまえは唇を尖らせる。雷市と三島は一度顔を見合わせた。三島はもう一度、なまえに視線を向ける。
「お前の親、社長なんだろ? だったら生活に困ることとか別に無ぇだろ」
三島の言葉になまえは無言で席を立つと足早に教室を出て行った。引きとめようとしたが、なまえの態度に三島は苦い表情をする。なまえの後を追うべきか此処に残るべきかとオドオドとしている雷市に、お前の姉貴はどうなってンだよ、と三島。雷市はちょいと首をかしげるとカハハッと相槌代わりに笑った。聞いたことが間違いだったと気づき、三島はがくりと肩を落とした。
「毎度飽きないねぇ、野球部」
見かねたなまえの親友が席を立ち二人に声をかけた。なまえといつも一緒に居る親友とは初対面に近いため、何を話せば良いのか人付き合いの苦手な雷市は困り、頬を染めキョロキョロと目を泳がせる。そんな雷市の代わりに、俺だって毎日こんなことしたくねぇよ、と三島は返した。親友は教室のドアに一度顔を向け、二人はさ、と口を開いた。
「なまえは本当に、野球のこと嫌いだと思う?」
突然の質問に、そうなんじゃねぇの? と三島は即答する。
「野球が好きならあそこまで否定はしねぇだろ」
「下まつ毛くんはそう思ってるんだ。弟くんは?」
「ちょっ、下まつ毛ってなんだ!? お前、俺のことそう呼んでンのか!?」
「だって三島、下まつ毛ちょー長いじゃん。だから下まつ毛くん」
「やめろ。ミッシーマの次にやめろ!!」
反論する三島に親友はニヤリと笑みを浮かべどうするか検討しておくよと言う。騒ぐ三島と親友に、雷市は静かに答えた。
「き、嫌い……は、嘘、だと……思う」
話を一度切り、どこをどう見てそう思うのかと三島は言うが、やはり姉弟だからか察するところはあるのだろう。親友はくすっと微笑んだ。
「なまえがバイトしてるのは本当だよ。小さい時から知り合いのおじさんのところで働いているんだって。毎日繁盛してて忙しいみたい」
それならやはりマネージャーは無理かと雷市は思ったのか、残念そうな色をする。轟にもう一度、マネージャー勧誘は無理だったと伝えようと決めた三島だったが親友は話を続けた。
「なまえはさ、意地っ張りで強がってるだけだから……長い目で待ってあげれば良いよ」
じゃね、と親友は二人に背を向けると、もと居た輪へと戻った。雷市と三島はきょとんとした表情をし顔を見合わせる。
「意地っ張りで、強がり……」
ぽつりと呟くと、出て行ったはずのなまえが教室へと帰って来た。なまえは二人には目もくれず真っ直ぐに親友達の輪に入る。楽しそうに、それでいて先程とは違い愛らしい笑顔を浮かべるなまえを見つめながら三島はこぼした。
「女ってわからねぇ……」
雷市もこくりと頷いた。
愛子||151115