おやつのじかん
本当に思ってもみない臨時収入だった。
薬草の世話をしに植物園に行った帰り。茂みの間に挟まった猫を保護したところ、薔薇の王国の資産家の家から逃げてしまった猫だったのが発覚。
それはそれは大切な家族だったそうで、逃げ出してからの1週間飲まず食わずの眠らずだったそうで。
命の恩人だ!と崇められこんなお礼しか出来ないが、と半ば無理やり押し付けられた大量のマドル。1部は学園に寄付という形で学園長に取り上げられたけどそれでもまだまだ学生の身分には多すぎるほどの大金。特段欲しいものもなければ、物欲もさしてない。お金を使う時は質の良いものを長く使うこと、と骨の髄まで教えこまれているためちょっとやそっとでお金を使う気にもならず、誕生日や資格試験を合格したような友達もいなければ、禁足地に近い最果ての地出身の自分にとってはどこに行っても好奇の目に晒されるに違いない。
うーんと頭をひねりつつ、とりあえず銀行に預けようと思い外出許可証をもって銀行に向かう途中だった。
街の一角に佇む小さなパン屋さんからできたばかりの優しくて甘いお菓子の香りがする。
匂いにつられて入店すれば、NRCではまずお目にかかれないだろう人の良さそうな店主と目が会った。こんにちは、と頭を下げるとにっこりと笑い焼き菓子とドーナツが作りたてだよ ぜひ食べてくれ、と教えてくれた。
ドーナツ、と言われて真っ直ぐに彼の顔が浮かぶ。ラギー、喜んでくれるかな、と思い手で持てるだけの色とりどりのドーナツとクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子を買い込む。大きなバスケットに可愛らしくラッピングをして渡してくれるとまた来ておくれ、とおまけのダックワーズをさして出してくれた。
お店を出て銀行にマドルを預けると足早に学園に戻るため足を進める。
私が猫を保護した、という話を聞いた彼は「オレなら理由をつけてもっとお金ふんだくるッスけどね」とあっけらかんと言い放っていた。さすがハイエナ、小賢しいことばかり頭に思い浮かぶものだ。とんでもなく可愛い。
犬も猫もいない最果ての地でうまれ育った私には獣の耳としっぽを持つ獣人族に対する感激はとても大きいものだった。中でも大きな瞳と可愛らしい顔立ちをもつラギーに一目惚れしたのは言うまでもなく。
入学してすぐに追いかけ回して好きだ好きだとアピールしまくったところ恋仲になるのはそう遅くはなかった。とにかく彼の小狡いところや面倒見のいいところ、なんだかんだ優しさを見せつけたと思えばヴィランらしく意地悪なことをしてみたり、なによりもふもふのしっぽと耳がたまらなく可愛くて愛おしい。
臨時収入を得たすぐあと。記念日も何もしていなかったし、ちょっといいところにご飯を食べに行った帰り。内緒でお泊まりをした時にもいつもよりご馳走を食べられてご機嫌そうな彼があんまりにも可愛いからつい襲いかかってしまった。
シーツにくるまって3大欲求の性欲特化型なのかアンタは!とぷるぷる震えてるラギーはもうとんでもなく可愛かった。おっとりしてると思ったらとんでもない詐欺だった、と。それは交際を初めてすぐの頃から幾度となく言われているがデートもきちんとしてくれるし、ほかの男子生徒と話していると1人前にヤキモチも妬いてくれるから嫌われた訳では無いのだろう。ああ、なんて可愛い私のラギー。
そのまま2回戦3回戦と遊んであげたらもう涙やらよだれやらでぐちゃぐちゃになったラギーがとんでもなく可愛くて大満足だった。(主に私が)
その時のお礼にたくさんドーナツを食べさせてあげよう!
また耳としっぽがぴこぴこと動いて可愛いに違いない、と思いながら鏡をくぐりぬけてサバナクローの敷地に足を踏み入れる。
何の連絡もなく来てしまったけど、いるかなぁと思いつつ足を進める。そういえば、ラギー抜きでサバナクロー寮を歩くの初めてかも、と思い出す。1人で歩くな、とも言われてたかも。
乾いた風が頬を撫でる。寮によって気候や温度、環境なども変わってしまうのがこの学園のすごいところ。目につく方に足を進めていくとあっという間に迷子になってしまい、たらりと背中に汗が伝う。あれ、やっちまったやつ。
焦りに心臓をどぎまぎと高鳴らせながらきょろきょろと辺りを見渡してると後ろから腰を抱き寄せられ、口元に手を当てられる。恐怖に体を支配されて動けず抵抗できずにいるとパッと手を離れ聞きなれた声が鼓膜を撫でた。
「人の縄張りに堂々と忍び込んでなにしてるんスか、アンタは」
ムスッとした表情で不機嫌さを滲ませた顔でたたずむラギーの姿。安心してへなへなと座り込んでしまうと相変わらず不機嫌そうなラギーに腕を掴まれる。
「1人で寮内歩くなって何度も言ったッスよね」
「はぁい…」
「俺だからよかったものの…」
ぶつくさ小言を言いながら手を引いて見慣れたラギーの部屋に連れていってくれる。こういう面倒みのいい所と小言の止まらないところが好きだ。好きすぎる。ぐすぐすと鼻を鳴らしながらちょこんと腰をかけるとバスケットをラギーに差し出す。
「…一緒に食べようと思って」
「気持ちは嬉しいけど!」
絶対一人で歩かないって約束して、と強い口調で言われてこくこくと大きく頷く。よし、と頷きながらバスケットを受け取るといつもと同じ笑顔で大好きなドーナツをきらきらと見つめる。
「なーんかいい匂いしたんスよね〜」
私の匂いと同じくらい甘いお菓子の匂いを感じてまさかと思い匂いを辿ると大慌てでキョロキョロしてる私を見つけたらしい。あんなのとって食べてくださいっていってるようなもんだから!とまたまたプンスカしたと思えばバスケットの中を見つけてしっぽをご機嫌そうにぶんぶん振る。「全部ラギーのだよ」と教えてあげるとひときわ目をキラキラと輝かせて両手にひとつずつドーナツを持ってもぐもぐと食べ始めた。ああもう可愛い。本当に可愛い。私が沢山好きな物食べさせてあげるから、ずっとその顔でいて欲しい。と思わず顔がほころぶ。
手に着いたお砂糖の1粒まで舐めとって耳としっぽを動かす彼が可愛くて可愛くて。自分が思ってるよりもずっと見つめてしまっていたらしい。突然ドーナツを口に詰め込まれる。
「んん?!」
「欲しかったんでしょ?あげるよ、俺もそんな意地悪じゃないし、」
優しいでしょ?といつもの調子でシシシッと笑う彼にあなたに食べられるドーナツになりたいです、なんて言えるはずもなく。可愛らしさに思わずふふっと吹き出してしまえば今日も変な奴、としらーっとした目で見つめられる、おやつの時間。