孤独か、それに等しいもの



 紅家長子として産まれた宿命か、時代が悪かったのか、邵可は子供でいることを許されなかった。通常長い時をかけて成熟するものを急ぎ成熟させるか、もしくは未成熟のままでいるしかなかった。邵可は自分がどこか欠落した人間なのではないかと懸念している。

 良き夫で、良き父で、良き兄でありたい。事実そうしてきたつもりだ。しかし依然として身の内に巣くう、黒狼としていくらでも冷酷になれる自分。まるで子供のような残虐性と独占欲を抑えきれない自分。

 どれが本当ということは無い。どれも間違いなく邵可であった。それを狂気と呼ぶことが出来たならば、どれだけ楽だろうか。


 胡座をかいた邵可の足の間でだらりと四肢を投げ出す銀児の肩に顎を乗せた。背後から抱きすくめるように腕を絡ませる。
 びん、と弾き手を失った琵琶の音の残響が寂しげに鳴った。


「もう止めてしまうのですか」

 銀児の背にぴたりと寄せた胸に伝わる声の振動が心地良い。

「まだ聞きたい?」

「邵可様が、弾きたいのならば」

 銀児の顎の線を鼻先でなぞるように顔を近づけると、ほんの少し身じろぎする。

「君はまだ聞きたいの?」

邵可の問い掛けに銀児はしばし目を伏せた。

「はい」

「そう。じゃあ、もう止める」


 琵琶を遠く押しやる。視界の端に朧気にうつる銀児の抗議の視線を無視してその耳朶を食んだ。

 銀児は己とよく似ている。そう言うと銀児は怪訝な顔をして首を振るが、邵可はそう感じていた。
 自身が欠落している事に気がつかない程に欠落している。考えようによっては、それは幸福かもしれない。しかし、同時に不幸でもある。

 邵可はその陰りが何より愛おしい。銀児と居る時は、邵可は父でも兄でも府庫の主でもなんでもないただの男で居ることが出来る。
 感情のままに振る舞っても、欲のままに躰を貪っても銀児は邵可を軽蔑しない。仮にしたとしても、それ以上に邵可は銀児を軽蔑しているからどうということは無い。


「……意地悪ですね」

「今更だよ」

 銀児の前では琵琶を弾くことが出来る。銀児に嫌われても構わないと思っているのか、銀児には嫌われないと思っているのか、それは自分でもよく分からなかった。