end roll



 どこにこんなに物があるのだというほど、古い我が家は物で溢れかえっていた。だが整理し、引越し先に持っていくものを吟味してみれば、二人の荷物はそんなに多くなかった。
 カビだらけになっていた地下室から物を出し、処分するだけでかなりかかった。家具もほとんどを置いていくつもりだ。ガレージの中の工作機器類はむしろ残しておいたほうがいいと言われたのでそのままにしてある。少し惜しいが、官舎に工作場はない。それに、交通の便もいいからしばらく車を所持する予定もなかった。

 しばらく開けていなかったクローゼットの中身を検分していると、ドアベルが鳴る。ダニエラは埃をかぶったぬいぐるみと古いコップを放り出し、玄関に向かう。ドアを開けるとキースがにこやかに顔を覗かせた。

「やあ、手伝いに来た」
「ありがとう。来て早々で悪いけど、あそこのゴミ袋を全部トラックに載せておいて。あとでごみ処理場に持っていくから」
「トラックを買ったのかい!?」
「……借り物に決まってるでしょ」

 手の埃を払いながらクローゼットの中身の選別作業に戻る。ほとんどゴミになりそうだった。キースの仕事が増える。
 そろそろあの量のゴミ袋も運び終えた頃だろうかと思っていると、キースがひょいと現れた。手にダンボール箱を抱えている。

「ダニエラ、これは? 階段に置いてあったけど、捨てるのかい?」
「ああ、それ、ニノンの宝物。勝手に触ると怒られるわよ」

 そのとき、悲鳴といっしょにどだだだだと階段を駆け下りる音がした。足音の持ち主であるニノンは、キースを見つけ、ぱっと顔を輝かせる。

「キース! 来てたのね! 今日も服を着ているようでよかった」

 それからニノンはダニエラに視線を戻し、詰問するようにダニエラに詰め寄った。

「ねえ! 何これ!?」

 差し出されたのは、ボンネットがヘコんだパイアの前でスカイハイがダニエラに裸絞をしている写真だった。スカイハイの直筆サインが入っている。

「ああー、それ……」
「ダニエラ、スカイハイには会ったことないって言ってたのに、嘘ついてたの!?」
「い、言うなって言われてて……」
「私には教えてくれたっていいじゃない!」
「すっかり忘れてた」

 ニノンは不満の声を上げた。

「信じらんない! スカイハイと肩組んで写真撮ったことを忘れるなんて! いいなー、私もスカイハイと肩組んで写真撮りたーい!」

 本当に悔しそうに言うニノンに、キースがそっと肩を組む。ニノンはぽかんとして一瞬固まった。

「肩組めれば誰でもいいわけじゃない。私はスカイハイと肩が組みたいの」
「あっ、そうか。すまない」
「キースってたまにあほだよね」

 ダニエラはそのやりとりを見ながら「意外とバレないものなんだな」と思う。

「それどうする? あんたのコレクションに加えておく? 一応生写真、直筆サインだよ」
「えっ、くれるの!?」

 どうぞ、と言うダニエラにニノンは嬌声をあげた。

「ダニエラのところ切り取って飾るね」
「切り取られちゃうんだ……」

 冗談! とニノンは言うと、またばたばたと二階に駆け上って行く。
 その姿を見送ったキースが頬を掻いた。

「なんだか照れるね」
「あの子、昔からあんなよ。最近は封印してたけど、またスカイハイが好きになったみたい。救われちゃったからね」

 ダニエラが言うと、キースはにこにこと笑ってダニエラの腰を抱いた。急に抱きつかれ、ダニエラはつんのめる。手にしていた木の置物を取り落とした。

「ちょっと、手伝いに来たの? 邪魔しに来たの?」
「ダニエラ、それは嫉妬かい?」
「…………は?」
「大丈夫! 彼女はスカイハイのファンで、スカイハイは全てのファンに愛と感謝を捧げているけれど、キース・グッドマンが愛を捧げているのは君だけだ!」
「あほなこと言ってるとトラックで轢くわよ」
「素直になってくれ! 私は受け止めるよ、君がしてくれたように! さあ、嫉妬! 素敵な感情だろう?」

 ダニエラはキースの頬をつまむと横に伸ばす。
 正直に言えば、スカイハイに夢中なニノンを見ていると微妙な気持ちになる。だがそれが嫉妬かと言われるとそれはまた違う気がするし、嫉妬が素敵な感情かと言われると首を傾げたい。

「その話は後ね」

 ダニエラはキースが置きっぱなしにしていたニノンの宝箱に目を止め、歩み寄る。

「中見た?」
「いいや、見ていない」
「腰抜かすわよ」

 そっと開けると、ダンボールには雑誌とスカイハイのグッズが入っていた。雑誌はきちんと並べられ、グッズは丁寧に梱包されている。わお、とキースは小さくこぼす。

「これだけは手で運ぶんだって」

 ダニエラは何気なく雑誌の一冊を手に取った。数年前の日付が印刷されている。ぱらぱらとめくっていると、あるページで手が止まる。

「あれ、昔ってこんな衣装だったの?」

 数枚の写真で、いつものあの無機質なヘルメット姿であるのに、ぴったりと身体に沿った紫のスーツを着ている。騎士然とした今のスーツに比べるとSFチックなデザインだ。
 キースはダニエラの手元を覗きこんだ。

「ああ、それはアンダーウェアだよ。あの白いコートの下に着ている。下着みたいなものだから写真になると恥ずかしいね」
「えっ、キース、あの禁欲的なスーツの下はこんなえっちな格好してたの?」
「え、えっち……かな?」

 えっちだろ、とダニエラは写真をまじまじと見つめる。これはいったいどこから脱ぎ着するのだろう。
 ダニエラは思い立ってキースの脇腹を指先でくすぐる。

「キース、今度これ着てセックスしたい」
「えっ、そ、それは……」
「ねえ、おねがい」
「汚してしまうと、家で洗濯は出来ないんだ……」
「じゃあ、汚さないように頑張って」
「私がかい!?」
「だっていつも色々だだ漏れなのはキースの方じゃない。私は節度あるわよ」
「確かにそうだが……!」

 困り果てるキースを見て、ダニエラはくすくすと忍び笑った。

「わかった! 君がせっかくスカイハイにも興味を持ってくれたんだから、私も応えたい!」

 こんな形でもいいのか。
 ダニエラは決意を固めたキースに「冗談よ」と言った。

「え、いらないのかい?」
「……そこまでは」
「そんな……君にスカイハイを知ってもらうチャンスだったのに」

 知り方は他にもいくらでもあるだろう。ダニエラは写真を見ながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「これ、お手洗いのときってどうするの?」

 そう聞くとキースの顔がみるみる真っ赤になったので「やっぱりいい」とすぐに断りを入れた。
 雑誌を慎重に箱に戻す。角でも折ったらニノンに本気で泣かれかねない。

 二人で黙々と仕分け作業をしていると、キースが顔を上げた。

「やっぱり、うちで暮らさないかい?」
「だーめ、あんたニノンに正体バラさずにいられる?」
「それは……」

 嘘がつけないキースは言い淀む。ダニエラは笑いながら、古いカトラリーのセットをチャリティー用に別に分けた。

「いつでも遊びに行く。ずっと近くなったしね」
「ずっといてほしいんだ」
「わがまま言わないの、ヒーローでしょ」

 そう言うと、キースはむぐうと呻いた。

「そんな言い方はずるい! ずるいぞ!」

 はいはい、とダニエラは笑う。ぼろぼろのタオルがたくさん出てきたので、ダニエラはそれを残らずゴミ袋に放り込んだ。