Chapter 2



 SBPDでNEXTを優先的に採用する制度が出来たのは意外と最近のことだ。長く議論はあったが、行政の腰が重いのはシュテルンビルトでも変わらない。
 とはいえNEXTといっても有用な能力を持つ者は多くない。有用な能力を持っていれば、大抵はヒーローを目指す。NEXTが人間らしく生きるためにはNEXTを隠すか、ヒーローになるかどちらかしかないと強く信じている者はいまだ多い。
 加えてNEXTを持つ者は反社会的組織に飲み込まれることが珍しくない。有用で、攻撃性が高く、汎用性のある能力の持ち主ほど堕ちてしまう。世間から差別され、孤独を抱えたNEXTは簡単に裏社会に取り込まれる。
 そのためSBPDでNEXTとして登録されている職員は大して多くない。内勤として雇われている完全記憶能力者と、科学捜査班の超嗅覚保持者を含めても、全体で両手の指ほどもいない。一人、警察犬のトレーナーに自称動物を操るNEXTがいるが、ダニエラが見るにあれはただの動物大好きオジサンだ。
 中にはNEXTとして登録されているが能力は「髪を自在に生やすことが出来る。生やすだけ」という何のために採用したのかわからない者もいる。
 NEXTを隠している職員もいるのかもしれないが、そこまでは把握しきれていない。

「なに難しい顔してる」

 ダニエラのデスクにコーヒーを置いたのはカイ・リャンだった。細い目をいっそう細めてちょっと胡散臭い感じに笑った。
 彼もNEXTで、おそらくNEXTとしては署内一の有用な能力を持っている。何しろヒーローとしてデビュー間近であったのに、ブルーローズと完全に能力が被ったために契約がポシャった過去がある。ヒーローに比肩する能力を持ちながら泣く泣く警察官として薄給に甘んじているという、実力はあるが運に見放された男だ。

「いつもこんな顔よ」
「まあな、おまえに客だって」
「は? 誰?」
「知らんよ、ただ「運転が上手いNEXT」って指名だってよ。おまえしかいないだろ」

 ひどく嫌な予感がした。

 普段は取り調べや事情聴取に利用している殺風景な小部屋に、にこやかな金髪の男がいる。ダニエラは額を押さえて溜息をついた。先日のトレーラーの一件からどうにも調子が良くない気がする。些細なことでこめかみが痛む。

「やあ、君にきちんとお礼を言えていないと思って」
「いや、四回は聞いた」

 何しろ一度言えば二回は感謝の言葉を口にしている。男はダニエラの言葉を意に介さず、にこにこと笑って花束を差し出した。

「受け取って欲しい。君は私の運命の人だ」

 差し出された花束は受け取らず、ダニエラは後ろ手に聴取室のドアを閉める。ガラスの覗き窓から室内をちらと見た巡査と補導されたチンピラにぎょっとした様子で三度見された。数多の補導歴のあるチンピラにとっても、署内で花束を渡される警察官はレアだ。

「警官をナンパしても犯罪じゃないけど、警官をストーカーしたら犯罪」

 ダニエラの言葉が飲み込めないような顔で男が首を傾げたので、ダニエラは肩を落とす。バラの花粉の香りが鼻をくすぐった。くしゃみが出そうだ。

「そこ座って。IDは?」

 男は大人しく粗末なパイプ椅子に座ると、件の百点満点の微笑みを浮かべる。

「キースだ。キース・グッドマン」
「自己紹介しろってんじゃないの。IDを提示しなさい」

 ああ、と男――キースはIDカードを差し出す。ダニエラは読み取り端末をそれに翳した。キース・グッドマン。偽名ではないらしい。性別の次のNEXTの欄にチェックマークが入っている。その後に留意事項として「司法局認可有」と記録されていた。そういう記載になるというのは知っていたが、本物を見るのは初めてだ。

「ミスター・グッドマン」
「キースと呼んでほしい」

 ダニエラは念を押すように「ミスター・グッドマン」と繰り返した。

「思い込みが激しいって言われない?」
「ああ……たまに言われることがある。私はおっちょこちょいだから」
「医者に?」
「いや……友人にだが、なぜ?」

 ダニエラはテーブルに置きっぱなしの花束を押しのけ、小さな紙コップを置く。

「おしっこ取ってきて。男性職員を付き添わせるから」
「えっ」

 ダニエラは廊下に面したドアを開け、暇そうにしていた男性職員に声をかける。

「コーディ! 薬物検査立ち会いよろしく! そう、ドーナツは置いて手をよく洗って」




 検査結果オール陰性の結果を見下ろしながら、ダニエラはパイプ椅子で脚を組む。気まずそうに身を縮こまらせたキースがこちらを窺っている。コーディに「ハンサムはあっちの方もご立派」と耳打ちされ、気まずいのはこっちの方だ。

「ご協力感謝します。ミスター・グッドマン。どうぞお帰りください」
「あ、あの君の名前を……」
「ミスター・グッドマン。これ以上ふざけると本当に公務執行妨害で逮捕する。ヒーロー資格も剥奪されるわよ」
「いや、ふざけているわけでは……」

 ダニエラは検査結果のペーパーをテーブルに置き、それをバン、と平手で叩いた。ゆっくりと、一言一句を切るように言い聞かせる。

「感謝してくれるのはありがたいけど、私が――助けたのは、救うべき市民だったからよ」

 キースは目を丸くした。晴れた空のような美しい目をしていると思った。

「私が?」
「NEXTだろうがヒーローだろうが、市民は市民」

 オーケー? と言うと、キースは目を丸くしたまま頷く。

「そうか……なんだか新鮮だ」

 そう呟いてはにかんだ。こいつ分かっているのか? とダニエラは訝しむ。もう面倒臭いから問い質そうとは思わなかった。とにかく早く帰ってほしい。シュテルンビルトの聴取室はいつでも順番待ちで、警察官は人手不足だ。

「感謝は投書でもしてくれればいいから。シュテルンビルト市警察の働きは素晴らしいって」
「必ず投書しよう、必ず!」
「……今のはジョークで「花束を持ってさっさと帰れ」って意味」

 おお……とキースは悲しそうに声を漏らす。なんだかこちらが悪いことをしているような気分になる。非常識なことは言っていないはずなのに。
 キースは立ち上がると、テーブルの上に投げ出されていた花束を手にする。青い瞳がダニエラを真っ直ぐに見つめた。

「すまない、迷惑をかけてしまった。そんなつもりはなかったんだ」
「気持ちはありがたく受け取っておく」

 ダニエラが言うと、キースは再び花束をダニエラに差し出す。

「これも受け取ってくれないだろうか。君の美しい運転に」
「……運転に?」
「一目惚れだった」
「…………運転に?」

 ふざけているのかと思ったが、至極真剣にそう言っているのをキースの表情から見て取ったダニエラは怒る気も失せて首を横に振った。
 能力を褒められるのは悪い気はしない。NEXTを口説くときに能力を褒めるのはセオリーだ。

「嬉しいけど受け取れない。花束を持って事務室に帰れない。誕生日だと思われる」
「そうか……残念だ」
「ええ、ごめんなさい」

 キースはいつもしゃんと伸びた背筋を心なしか丸めながら、寂しそうに聴取室のドアを開ける。書類作成中の刑事が聴取室から花束を持って現れる男の姿を見て怪訝そうに鼻に皺を寄せた。

「さよなら、そして――」

 繰り返そうとするキースをダニエラは溜息混じりに手で制する。

「あんたのこと、応援してる。色々言う人はいるかもしれないけど……でもやっぱりヒーローは私達の希望だから。NEXTとして、あんたのことを誇りに思う」

 そこまで言ってはっとする。ここでこの男に「ありがとう! そしてありがとう!」なんて大声で言われた日には同僚への言い訳に奔走することになる。
 だがキースはダニエラの予想に反して、無言でダニエラを強く抱きしめた。ぐ、とダニエラは息を詰まらせる。完全に見て見ぬふりをしながらカイが脇を通って行った。助けろ! とダニエラは内心で毒づいた。

「ありがとう」

 そう、耳元で囁かれた。はあ、とダニエラが声にならない返事をすると、キースはやっとダニエラを開放する。ダニエラは二、三歩よろめいて廊下の壁にぶつかった。
 キースはぶんぶんと大きく手を振りながら出入り口の方に大股で歩いて行く。警察署からああいうテンションで帰っていく人はそう多くない。
 ダニエラは呆然と立ち尽くす。カイが何故かもう一度聴取室の前を通りかかった。

「あれ誰?」
「……ファン」

 短く答えるとカイは鼻を鳴らした。

「モテる女はツライねぇ」

 そう言い残して去っていく。行ったと思ったら後ろ歩きで戻ってきた。

「おまえ今日誕生日なの?」
「ちがう」
「あ、そう」

 また去っていったと思ったら、廊下の角から小走りで戻ってくると大きく手を広げる。

「ハグするか?」
「なんで」
「ハッピーバースデー」

 節をつけて歌うカイを無言で睨みつけると、カイは「ノリ悪ィの」と肩をすくめた。

「カイ、ごめん私午後早退する」
「ああ、どうした?」
「頭痛い」
「なんだよ続くな。労災保険ぶんどっとけよ」

 ダニエラはこめかみを押さえながらひらひらと手を振る。そう強く痛むわけではない。病院では異常なしの診断を受けている。つまりこれは心労だと思う。ダニエラは深々と溜息をついた。


******

 ジャスティスタワーのトレーニングセンターに現れたキースのもとに、待ってましたとばかりに集まったのはネイサン、カリーナ、パオリンの三人だった。

「どうだった、うまくいった?」

 手を胸の前に合わせて目を輝かせるカリーナに、キースはにこりと笑う。

「どうかな、悪くはなかったと思う」

 きゃあ、と歓声があがった。それを眺めていた虎徹が「なんだありゃ」と小さく呟くと、傍らのバーナビーが「スカイハイさんが、気になる女性をデートに誘いに行ったらしいですよ」と答えた。

「へー、あいつもなかなか……ってか、前もそんなんなかったか? 意外と惚れっぽいのか?」
「さあ、それは分かりませんけど」
「それにしても、どんな女の子なんだろうなぁ。スカイハイが好きそうなタイプってーと、こう、清楚な感じの綺麗な子っぽいよな」

 ネイサンがキースに擦り寄り、磨いた爪で頬をつつく。

「それで、ディナーの約束は出来たの?」

 キースは苦笑して首を横に振った。

「いや、それは出来なかった」
「あら、時期尚早だったかしら」

 カリーナが好奇心を抑えられない様子で身を乗り出す。

「名前は? 名前は聞けたの?」
「残念ながら聞けなかった」

 パオリンが小柄な体を目一杯動かしながらキースに尋ねる。

「ねえ、お花は渡せた?」
「いいや、受け取ってはもらえなかった」

 三人は黙り込み、顔を見合わせた。ネイサンが上半身をくねらせながら額に手をやる。

「全然上手くいってないじゃない」
「そ、そんなことはないと思うのだが……」

 キースとしては非常に充実した気分で帰ってきたのだが、確かに彼女達に課せられたミッションは何一つ達成していない。
 自分は何をしに行ってきたのかよく分からなくなってきた。

「聞くの忘れてたんだけど、どんな人なの?」

 カリーナに問われ、キースは微笑む。彼女のことを説明しようとして、ふと口を噤んだ。

「本当のことを言えば、私は彼女のことをほとんど知らないんだ」
「そうよね、知り合ったばかりだものね」

 あの日、キースは死を覚悟していた。己の死ではなく、誰かの死を。或いはヒーローとしての立場の死を。
 いつもは希望に満ちている市民の自分を見る目が、ふと絶望に染まるのを見てどうにもならないと思った。だが体は動かず、どうすることも出来ないままその目を見つめているしかなかった。そこに現れた一台の警察車両はあまりに迷いのない軌跡を描いて、スカイハイを撥ね飛ばしたのだ。
 スカイハイは5mほど飛ばされ、アスファルトに叩きつけられた。ヒーロースーツを着ていたとはいえ、しばらく息が出来なくなった。
 多分、それは市民を守る警察官なりの正義の通し方だった。そしてそれはスカイハイをも救った。迷いなく己を撥ねた警察車両が、不思議と美しく見えたのだ。咄嗟の判断でそれをして見せた運転手の姿を、一目見てみたいと思っていた。
 それは思わぬ形で叶ったのだが。

「そうだな……強くて美しくて迷いのない、そういう運転をする……」
「は? 運転?」

 カリーナは眉をひそめた。
 キースはにこにこと笑う。

「オペラ・ジュエリー強盗事件のときに私を助けてくれた彼女なんだ」
「え、待って、オペラ・ジュエリーって……あの、スカイハイがゴッツいパトカーに轢かれたときの?」
「そう! 君も見たかい? あの鋭いコーナリングを!」
「あ、あれ運転してたの女の人だったんだ……っていうか、相手、警察官!? 」

 カリーナは悲鳴をあげる。それもそのはず、彼女は「気になる女性がいるが職場しか知らない。どうすればいいだろう」と相談されていたのだ。よくよく聞かずに「職場に行って話すしかないじゃない!」と焚き付けてしまった。
 同じことに気が付いたらしいネイサンも顔を引きつらせる。

「スカイハイ、あんた、まさか警察署に行ったの? 花束を持って?」
「ああ、そうだ」
「よく無事に帰ってこられたわね」
「……そうでもない、尿を採られた」

 どういうこと? とネイサンは聞きたくなったが、キースの表情が暗いので聞くのをやめた。だが、パオリンが邪気の無い表情で「なんで尿?」と首を傾げる。

「……ドラッグをやっていると誤解されて」
「まあ、そりゃ、急に警察署にヒーローを名乗る男が花束持って現れればねぇ。ダイナミックな自首かと思うわよ」

 ネイサンは少し警察官の彼女に同情した。

「私は、彼女と自分の正義のあり方に運命的な共通点を見ているんだ。だから彼女に「君は私の運命の人だ」とまず伝えたのだけど」
「ものすごくドラマチックで素敵なセリフだけど、そのシチュエーションでだけは言っちゃ駄目なセリフね」

 最悪、とネイサンは両手で顔を覆う。キースは胸の前で両手を振った。キース本人としては、結果的に失敗だとは思っていないのだ。誤解は解いておきたい。

「でも、彼女も分かってくれたから。NEXTとして私のことを誇りに思うとまで言ってくれた」

 パオリンは目を丸くする。

「へえ! その人もNEXTなんだね! どんな能力なの?」
「運転が上手い」
「……スカイハイ、それテキトーなこと言われてない?」
「そんなことはない! と、思う……」

 キースの語尾は自信なさげに小さくなった。確かに言われてみれば「能力 運転が上手い」は何かおかしい。それはNEXTではなく、ただの運転が上手い人だ。
 そこで「あ!」と大きな声を上げたのは虎徹だった。

「俺、そいつ会ったことあるわ。運転が上手いNEXTの婦警。なんか意外だな。どっちかってーと、ロックバイソンが好きなタイプだろ、ああいうタフな感じの女は」
「ワイルドくんは、彼女に会ったことがあるのか! 素敵な女性だろう?」
「素敵っつーか……レベル100のブルーローズみたいだなって思った」

 ちょっとそれどういう意味よ!? とカリーナが虎徹を詰問したので、虎徹は慌てて別の喩えを探す。

「物理型のアニエスみたいな……」
「分かるようで分かりませんね」

 それはバーナビーがばっさりと切り捨てた。虎徹は喩えを探すのはやめたようで話題を元に戻す。

「あいつ、めちゃくちゃ運転上手いよな、俺あいつのパトカー乗ったことあるけど」
「えっ、虎徹さんまさか逮捕……」
「ちげえよ! トランスポーターがぶっ壊れたときに現場移動でやむを得ずだな……!」

 大きな音がしたので、虎徹とバーナビーは音の方へ首を巡らせる。キースがトレーニングマシーンの下に膝から崩れ落ち、悔しそうに床を殴っていた。

「え、ス、スカイハイ……?」
「ずるい! ずるいぞワイルドくん! 私も彼女の運転する車に乗りたい!」
「え、ええー……トランスポーターが故障するといいな……?」
「私はほとんどトランスポーターを使わないんだ!!」
「あー、そうだったなぁ……」

 ネイサンはふと「逮捕されればいいのでは?」と思ったが、口にすると現実になる気がしたので黙っていた。


******


 自宅のガレージのシャッターが開かず、ダニエラは悪態をつきながらシャッターに蹴りをいれた。ブロンズステージのさらに端っこにある元自動車整備工場は父親から受け継いだものだ。広い整備場は今は自家用車のガレージとしてしか使っていない
 あちこちガタがきて参っていたが、こんなところまで壊れているとは思わなかった。電動シャッターのスイッチを連打しながら、ダニエラはうめき声をあげる。エンジンをかけたままのオンボロパイアが不満げな音をたてた。
 父親が使っていた骨董品ぎりぎりのSUV車と、このガレージと、SUVが先に壊れると思っていたのだが。
 とりあえずガレージの前にパイアを置きっぱなしにして、自宅の玄関を開ける。ふと煙草の臭いが鼻をついた。

「ニノン! ニノン、いるの?」

 妹の名前を呼びながら、玄関に鍵をかける。
 ばたばたと慌ただしい気配がして、ニノンが気まずそうに顔を出した。背後から知らない男も。

「あ、ああー、ダニエラ、早かったね」
「悪かったわね」

 上着をコート掛けに掛けながら、ダニエラは鼻を鳴らした。
 男はにやにやと笑いながらダニエラの横を通り抜けようとする。ニノンが男の腕にすがった。

「あっ、ちょっと、帰っちゃうの?」

 男は気怠そうにダニエラの顔をじろじろと眺める。

「だってさぁ、おまえの姉ちゃんってアレだろ?」

 ダニエラは眉をひそめる。アレが警察官のことなのか、NEXTのことなのかは分からないが、ダニエラは勝手に前者だということにした。

「煙草くらい大目に見てあげる。私も昔は吸ってた」

 男は小馬鹿にしたような笑みを唇の端に浮かべると、ニノンの手を振り払う。傷付いたような諦めたような妹の顔を見ていられなかった。

「どうも、おじゃましました」
「二度と来るなクソガキ」

 中指を立てるダニエラをニノンは「ちょっと!」と小突く。
 ダニエラはニノンを置いてリビングのソファにバッグを放り投げた。キッチンの隅のコーヒー缶に詰められた吸い殻を窓から外に投げ捨てる。

「空き缶に吸い殻を入れる男はみんなクソって教えたでしょ」
「ダニエラに男を見る目がないだけ!」

 ダニエラは痛むこめかみを押さえ、ニノンの名を呼ぶ。自分が彼女の歳の頃は、周囲の全てが煩わしかった。父も、妹も、自分の能力も。覚えはあるが、口を出さずにはいられない。

「学校は?」

 ニノンは手を後ろに隠してダニエラを睨む。

「風邪引いたから休んだ」

 目の周りは真っ黒だが、体調不良ではなくそういう化粧だ。

「……ニノン」
「うっざ、オマワリだからって真面目ぶんないでよ」
「ちがう、もし学校に行くのが……」
「いいから、放っといてよ! あたしこの家出る気ないから!」

 ドアを叩きつけてニノンは出ていってしまう。廊下を走る足音が自室の方に向かい、ドアを強く閉じて鍵をかける音がした。