ぽんぽこたぬ子



 自称狐のけむ里は、野犬に噛まれた傷から発熱し、数日寝込んでいた。その間はしかたがないので面倒を見ていたのだが、今日はすっかり元気になったようで、生のどんぐりをもぐもぐと頬張っている。彼女が運んできたものを鱗滝が保管していたものだ。蛙やとかげやタニシ以外は保管してあった。
 布団でごろごろしていたけむ里は、鱗滝の姿を見つけてぴょんと飛び起きる。

「あ、鱗滝さぁん、私、鱗滝さんに言わなきゃいけないことがあるんですよぅ」

 鱗滝は天狗面の下で渋面を作る。次はいったいなんだろうか。

「あの、実は……私、狐じゃないんです!」
「そうか」
「ええー! もっと驚かないんですか! 怒ってもいいんですよ! 怒られるようなことをしたのは私です!」

 怒る気にもならないというか、別にどうでもいいというのが本当のところだ。
 それを何を勘違いしたのかけむ里は「鱗滝さんやさしーい!」と手をわきわきさせた。
 けむ里は布団の上に立つと、くるりと一回転する。ふっと枯れ草の匂いがして、布団の上に一匹の狸が現れた。狸はくるりと一回転し、再び娘の姿に戻る。

「実は狸だったんですぅ! 嘘ついててごめんなさぁい!」

 わあ、とけむ里は泣き出した。心底どうでもいい。何も言わない鱗滝に、けむ里は勝手に弁明を始める。

「だって鱗滝さんが狐が好きって言うから、お嫁さんになるには狐の方がいいかと思って!」
「嫁にするなら人間以外を考えたことはないが」
「そんな! なんでですか!?!?」
「なんでと言われても」

 けむ里はぺむぺむと枕を叩く。

「これでもたぬ界では美たぬで通ってるんですよ! そんな私がここまで袖にされるなんて!」
「狸の美醜なぞ分からん」
「さっき見たでしょ! ふさふさしっぽ! もふもふおしり! 顔の模様もシュッとしてて、狐顔の美人さんなんですよ私は!」
「狐顔の狸?」
「くーるびゅーてーなの!」
「今夜はたぬき汁だな」
「たぬぅ!」

 すくみ上がるけむ里の頭を、鱗滝は二度軽く撫でる。

「いいから寝てろ、治るものも治らなくなるぞ、ぽんぽこたぬ子」
「ぽんぽこたぬ子!? 私はけむ里です! けむ里ちゃんって呼んでください!」