(終)おきみやげのはなし



 所用で鍛冶の隠れ里を訪れていた炭治郎は、時間に余裕があったので里の中を見物していた。火男面の子供たちがそのあたりで鬼事などをしているのは、他では見られない光景である。
 しばらくそんな光景を楽しんでいると、一軒の家屋の前で見知った火男面の男が立っていた。視線の先で小さな子供が二人駆け回っている。

「鋼鐵塚さん、お久しぶりです!」

 炭治郎が駆け寄りながら挨拶をすると、鋼鐵塚は短く「おう」と答えたあと、物凄い勢いで炭治郎に詰め寄った。

「テメエまさかまた刀を壊したんじゃねえだろうな……」
「ち、違います、違う用事で……!」

 大きく手を振る炭治郎から、鋼鐵塚は鼻を鳴らして離れる。遊んでいた子供たちが炭治郎を見上げた。幼いためか面は被っていない。大きな丸い目がくるくるとして愛らしい。炭治郎は相好を崩す。

「可愛い子たちですね。鋼鐵塚さんが預かってるんですか?」

 よくもまあこの気難しい男に預けたものだな、と炭治郎はちらと思う。鋼鐵塚は面の目穴の向こうで怪訝そうに目を細めた。

「あ? 俺のガキだよ」
「……はい?」
「俺の子供だ」
「…………鋼鐵塚さんの?」
「そうだよ、悪いか」
「え、産んだんですか?」
「何言ってんだお前、そんなわけあるか」

 それはそうである。血迷ったことを口にしてしまった。炭治郎はおそるおそるそれを聞く。

「お、奥さんが……?」
「……何が言いたい」

 耳を思い切り捻り上げられ、炭治郎は悲鳴を上げた。

「いたいいたい、やめてください! まだ何も言ってません! まだ!」

 気を使ってみなまでは言わなかったのに、と炭治郎は憤慨する。やっと解放され、炭治郎はじんじんする耳をおさえた。 
 鋼鐵塚はふと炭治郎の方に目をやった。

「おまえ、鬼になった妹を連れてるんだってな」

 炭治郎は一瞬ぎくりとし、それから慎重に言葉を選んだ。御館様が許しているとはいえ、鋼鐵塚がどのような立場かは分からない。目穴の向こうは陰になっていて、表情はよく見えなかった。怒りや憎しみの匂いはない。ただ何とも言えない胸の締め付けられるような匂いがした。

「そうです。禰豆子といいます」

 鬼と成ってから人を食っていない。誰を傷付けたこともない。己とともに鬼と戦える。それらを言い募ろうとしたが、鋼鐵塚は炭治郎の葛藤を気にもせず「そうかい」とだけ言った。

「励めよ」

 ぽつりと続けられた言葉は鋼鐵塚にしては珍しく素直な激励の言葉で、炭治郎は目を丸くした。

「……あ、ありがとうございます!」

 それからしばらく沈黙が続き、炭治郎は「あの」と話を切り出す。言ってから何の話をするか考えた。

「お子さん、名前はなんていうんですか」
「カガリ、ウズミ。言っておくが俺が名付けたわけじゃねえぞ」
「素敵な名前ですね。どっちがカガリくんで、ウズミくんですか?」
「どっちでもいいだろ、双子なんだから」
「いや! ……いや良くないですよ!」

 なんということを言うのだこの男は。

「おいくつなんですか?」
「三歳」
「へえ、大きいですね!」

 下の弟たちが三歳の頃と比べて炭治郎が言うと、鋼鐵塚は不愉快そうに「じゃあ四歳」と答えた。

「じゃあって鋼鐵塚さん……」
「うるせえ、ガタガタ抜かすな」

 この人本当に子育て出来るのか、と炭治郎は不安になる。炭治郎はそっと鋼鐵塚の横顔を盗み見た。この極めて気性に難のある男と結婚し、子供までもうけたのはいったいどういう女性なのだろうか。

「奥さんは――」
「死んだ」

 淡々とそれだけ言って、鋼鐵塚は建物の中に戻っていった。幼い双子は父親が急に姿を消したせいか、きょろきょろしたあと、里の子供たちに手を引かれてどこかに遊びに行ってしまった。