夜泣き
※「鬼の居ぬ間の」夢主
不意に体を揺さぶられ、水面に浮かび上がるように覚醒する。腹のあたりをぎゅうと圧される感覚があって、そのままずるずると体を引き摺られた。何が起きたかを理解する前に、隣の布団の中に閉じ込められる。
はじめのうちは部屋の隅と隅に敷かれていた布団が、隙間無く敷かれるようになったのはいつの頃からであったろうか。鋼鐵塚は時折思い出したかのように、築炉を己の布団に引き摺り込む。文字通り、寝間着の帯を掴んで乱暴に鋼鐵塚の布団に引き摺られる。
目が醒めて最初の一呼吸をする前に背後から腕を回される。まるで旅先の枕を整えるような手つきで、息が詰まった。
大きな手が胸元にかかる。喉元まで閉じられた衿元を撫でる。頭の後ろで鼻を鳴らされた。首に息が掛かる。
「お前、寝間着までこんな息苦しい着方をしてんのか」
言いながら衿を掴まれ割り開かれる。しゅるしゅる、と引っ張られた浴衣と腰紐が擦れあう。腹をひんやりとした空気が撫でた。雨戸の外からくぐもった雨音と、何かを堪えるような雷鳴が聞こえた。
築炉の衿ぐりがだらしなく広がると、鋼鐵塚は「よし」と一人何かを納得している。
広げた衿から胸元の傷を触られる。皮の張り具合を確かめるように数度指先が行き来し、離れていく。指先まで鞣した革のように硬い皮膚をしている。どこも薄皮のように頼りない己の皮膚とは違う。
通った鼻梁が首のあたりに触れ、深く息を吸う。肩甲骨のあたりに体温が押し付けられる。熱くてとろとろと眠くなる。
鋼鐵塚はといえば、背後から築炉の腕を取り、裏返し表返ししながら撫でている。何をしているのだろう、と築炉は思うが、されるがままでいた。
「お疲れですか」
己の打った刀を矯めつ眇めつするのと変わらない様子で築炉の腕を取り上げていた鋼鐵塚が、ぴたりと動きを止める。ぽいと腕を投げ出された。布団の上にべしゃりと落ちる自分の腕をぼうと見ていた。うなじに低い唸り声が息とともに吐きかけられる。
「――喉渇いた」
「お水を持ってきますね」
身を起こそうとした築炉は、肩を掴まれて引き戻される。
「ぱたぱたすんな」
背後から太い腕で締め上げられる。ぎゅう、と築炉の口から奇妙な呻き声が漏れた。鋼鐵塚は築炉の背中に顔を押し付けた。湿った息が熱を持つ。
「ああ、くそ、苛々する」
くぐもった声がそう築炉の背骨に向かって呟いた。築炉は腹に回された手をそろりと撫でる。
「お腹空きました?」
「ちげえ」
「お手洗いに行かれます?」
「行かねえよ。――おい、ガキじゃねえんだぞ」
築炉は布団に向かって苦笑する。
「おしごと、」
「るせえ、口出すな」
「おつかれさまです」
「やることが多すぎる」
「あまりご無理をなさらないでくださいね」
「馬鹿どもはすぐ俺の刀をぶち壊しやがる」
「私、蛍さんの作った刀が好きですよ」
「火床の火は思うようにいかねえし」
「いちばん好きよ」
「なんで俺には腕が三本ねえんだ」
「刀を作っている蛍さんも――」
「寝てる場合じゃねえのに」
築炉は狭い腕の中で、ごそごそと身動ぎする。しばらく時間をかけて体を反転させると、目の前に面をしていない鋼鐵塚の顔がある。眠る前にぐずる幼児のように眉をひそめていた。
築炉は夜闇に目を凝らし、首を傾げる。
「やっぱりお腹空いてます?」
「…………空いてねえ」
鋼鐵塚は呆れたように息をついて築炉の肩口に頬を寄せた。ふと汗と脂のにおいがする。炭の焼けるにおいも。築炉は鋼鐵塚の縺れる髪に指先を通した。
「蛍さん、ちゃんとお風呂に入ってますか」
「なんだよ、におうか」
「不衛生ですよ」
「うるせ」
鋼鐵塚は築炉の寝間着の袖で顔を拭う。築炉は目を丸くしたままそれを眺め、くしゃくしゃになって放り投げられた袖を指でつまんだ。
「そんな」
「だってお前うるせえんだもん」
「蛍さん、そんな……」
「うるせえうるせえ、黙ってろ」
言い募る気を失っていた築炉の唇に、鋼鐵塚の唇が触れる。硬い歯が築炉の下唇を甘噛みした。
すぐに離れていく顔を、築炉はぼんやりと眺めていた。今この人は何をしたのだろうと思った。鋼鐵塚の挙動が読めないのはいつものことではあるのだが。
「蛍さん、」
「てめ、まだ喋りやがる」
「今の、」
「お前が黙らねえから悪いんだ」
「もう一回していただきたいのですけど」
鋼鐵塚は一瞬呆気にとられ、それからひどく不愉快そうに顔をしかめた。
「いやだ」
そうですか、と築炉は答える。鋼鐵塚はますます不愉快そうに鼻を鳴らす。
「二度としねえ」
企画「鬼も寝る間に」提出
お題「気まぐれなキス」