音の出るおもちゃ



※性描写

 鋼鐵塚蛍は多少性格に難のある男ではあったが、分かりやすい男でもあった。彼の物事の判断基準は、刀か、そうでないか、それだけである。娑婆ではどうであれ、この里では彼の極端な考え方は完全に理解されずとも受け入れられた。
 そうではあるのだが、こと下半身に関しては何かと誤解を呼びがちである。それは鋼鐵塚が非常に男らしい体躯の持ち主であるとか、熱くなりやすい性質であるとか、大半の男が「まさか健全な男子が女に興味のないわけがない」という自身の苦い経験と浅い教訓を信じて疑っていないとか、理由はいくらでも考えられる。
 つまり、鋼鐵塚は周囲の「鋼鐵塚とはいえ少しは刀以外に興味もあるだろう」というささやかな期待を下回るほど自身の欲望に無頓着であった。ある意味欲望に正直であるとも言えた。そして、その無頓着ぶりは周囲を混乱に陥れた。

 鋼鐵塚が青年であった時分、年嵩の若中達はしきりに彼を夜遊びか念仏講に誘った。扱いあぐねる癇症も、女の一人もあてがえば大人しくなるであろうという腹である。鋼鐵塚はそれに適当な生返事を返し続けた。彼の手は常に刀を握っていて、視線はそれに落とされていたからだ。
 邪魔すれば怒り狂って暴れ回り、年上であろうと何であろうと殴り飛ばされることは分かっていたので、鍛冶場から引き剥がしてそういう場に連れて行こうとする勇敢な――或いは無謀な者はいなかった。
 男たちは「立派なもちモンしてんのに、あいつは小便するのにしか使わねえ」と笑ったが、その笑いはやがて引き攣り笑いになった。誰かがぽつりと「なんであんなに女に見向きもしねえんだ。男が好きなのか」と言ったからだ。
 誰もが鋼鐵塚の激しい癇癪と、鋼を叩く逞しい体と、風呂場で見た股座にぶら下がるものを思い出し、それを尻穴にねじ込まれる自分を想像してしまった。
 それからは里中の男たちが協力して、とにかく鋼鐵塚は女が好きなのか、男が好きなのか、それだけを確かめることとなる。紆余曲折を経て鋼鐵塚が女で筆おろしを済ませたのを確認した里の男たちは、以降それに関しては気が抜けたようになってしまい、鋼鐵塚が女と遊ぶ気があろうがなかろうがどうでもよくなった。
 鋼鐵塚は男が好きなわけではない。仮に男が好きであったとしても力にものを言わせて狼藉を働くほど射精に興味がない。それは女に対しても同じで、結局のところ鋼鐵塚にとってみれば男であろうと女であろうと刃がついていないという点で等しい。

 そうであるので鋼鐵塚が嫁を取ったとき、過去の悶着を知る鋼鐵塚と同年代かそれ以上の男たちはやっと本格的に胸を撫で下ろすことができた。
 果たして何日もつかなどと賭け事の対象にまでなった鋼鐵塚夫婦も、里の者が日数を数えるのに飽きた時分には仲睦まじさが知れ渡るようになる。「あの鋼鐵塚が」などと皆は思い、ほっとするやら安心するやらなのであるが、築炉が体調を崩し、それが鋼鐵塚が抱き潰したのだという噂が広まったことで「あの鋼鐵塚が!?」とまたも里の者に衝撃が走った。
 その頃には鋼鐵塚の下半身にまつわる話は半ば怪談のように尾鰭がついていた。誰も実情を知らぬし、これといって具体的な逸話があるわけでもないというのに、弓削道鏡のごとき絶倫だとなんとなく思い込まれている。
 鋼鐵塚夫人である築炉は「鋼鐵塚に毎晩良いようにされて、あんなにほっそりしちまって」などと勝手に可哀想がられているが、築炉が痩せているのは鋼鐵塚に嫁ぐ前からだ。むしろ結婚してからだいぶ肉が付いた。鋼鐵塚はほんの少し肉のあまるようになった築炉の下腹をぷにぷにともてあそぶのが好きなのであるが、別にそんなことはどうでもいい。
 鋼鐵塚夫婦の夫婦生活が事実どうかといえば、里の者の期待と想像を裏切っておおよそ穏やかである。鋼鐵塚は挿入と射精を伴う行為よりは、鍛冶で疲れた体を布団に横たえ築炉を抱いてだらだらと眠りに落ちるまでの時間を過ごす方が好きで、それは築炉もそうだった。
 かと言って情交自体が嫌いなわけでもなく、性器が触れ合えばそれはそれで盛り上がった。
 しかし、鋼鐵塚は職人としては目端の利き、些細なことにもよく気のつく男であるが、実生活となるととんと気が回らない。それがまさか、情交を通じて心通わせ肉体の悦びを交歓し男女法悦の境地へ至るなどという器用な真似ができるわけがない。相手が触れれば折れそうな痩身の築炉であればなおさらである。
 鋼鐵塚は情事に射精以上を求めていない。かわりに己に課した制約はひとつきり「築炉に怪我をさせない」ことである。これは鋼鐵塚なりの築炉への不器用な愛情ゆえに、過去二回しか破られたことはない。
 一度目は膝に抱いて突き上げたときに投げ出された築炉が障子戸を突き破ったときで、二度目は背後から突いた築炉が布団から飛び出し顔を擦りむいたときだ。
 これを「二回も怪我をさせたのか」と取るか「二回しか怪我をさせなかったのか」と取るかは、判断する者の鋼鐵塚への理解度に大きく依存する。
 とにかく目新しいことをしようとするといつ怪我をさせるか分からないので、鋼鐵塚は築炉を抱くとき大抵はその頼りない体の上に覆いかぶさり、肩か腕を押さえていた。時折築炉が鋼鐵塚の首に縋りついていることもあった。鋼鐵塚は築炉の眉根を寄せて何かに耐えている顔が好きだったので、その顔をぼんやり眺めていることができるという理由で特にそれを不満に感じてはいない。

 今も築炉が下唇をやわく噛むのを見下ろしながら、鋼鐵塚は黙々と腰を振っていた。頭のどこかで腰を打つ拍子が鎚を振るうのに似ているな、などと考える。今日打った刀の打ち方を思い出しながら築炉の体を揺さぶっていると、知らず律動は鋭く激しくなった。
 築炉は眠たげなとろりとした目で鋼鐵塚を見上げる。寂しげな藤色の虹彩が、温い色をしていた。
 いつもなら短く浅い呼吸をしている唇が、ゆるゆると長く息を吐いている。鋼鐵塚は額に貼りつく築炉の前髪を無骨な手で掻きあげた。

「眠そうなツラしてんな」

 鋼鐵塚が言うと、築炉は「むう」とも「きゅう」ともつかぬ声を零して首を横に振る。細められた双眸は鋼鐵塚には耐え難い眠気を湛えて見えた。
 細い指先が鋼鐵塚の腹のあたりをこしょこしょと引っ掻いた。

「さっさと終わらせるか」

 築炉が眠いというのだからしかたがない。鋼鐵塚は築炉の腿を押し上げて、腰を強く深く打ち付ける。築炉の腹の奥に亀頭を擦りつけて、手短に射精しようとした。
 最中にめったに口をきかない築炉が、噛んでいた唇をほろりと開く。

「ふ、う、ちが、ほたるさん、いっかい、いっかい、」
「ああ? 一回なんだよ。どうせ一回しかしねえよ」
「んん、……とまって、ください」
「なんでだ」
「ううう――」

 か細いうめき声をあげたきり築炉は顔を両手で覆ってしまう。指の間から見える頬が妙に紅潮していた。
 築炉は得体の知れない悦楽に身悶えしそうになるのを、必死で抑えているところであった。築炉は鋼鐵塚と体を重ねることは好きであったが、好きだと思っていることを鋼鐵塚に知られたくはなかった。
 築炉の生家は名家とは言い難かったが、築炉を名家に嫁がせるために築炉に良家の子女と同じような教育を施すことに余念がなかった。
 築炉は女が閨事で快楽を得るなどということは商売女がするようなことで、きちんとした家の妻室が色欲を貪るなどあってはならないと教えられた。今もそう信じていた。それは明治維新以降に作られたモダンな女学校の教育方針によるもので、この里でもそのように自身を律すべきかと言われるとそうでもないのであるが、そんなことを誰も教えてはくれない。
 まさか里の者は築炉がそう思っているなど知る由もなく、鋼鐵塚はとかく気の付かぬ男であった。それにしても築炉の両親は、いずれ良家の嫁にと手塩にかけた娘が場所も知れぬ山里で粗野な鍛冶師のごつごつした手に組み敷かれるなど思いもよらなかったろう。
 鋼鐵塚が作刀のことに気を取られながらそぞろに打ち付ける陰茎は、幸か不幸か築炉のいいところを擦り上げた。痺れるような不思議な感覚が、腹の底でふわふわぐるぐるしている。築炉は足の指の先をきゅうと丸めた。築炉ははじめての感覚に戸惑いながらも「あ、これ、だめなやつだ」とうっすら理解していた。

「やだ、ほたるさん、すこしだけ……」
「すぐそこまで来てるんだよ。もう出る。終わったら好きなだけ寝てろ、明日朝飯いらねえから」
「ほたるさん、ふ、うう、おねがい……」

 築炉の手がぺちぺちと鋼鐵塚の腹を叩く。それがくすぐっているわけではなく、築炉の精一杯の抗議と抵抗であったと気が付いて鋼鐵塚は呆れた。もう少しやりようがあるだろう。
 やだやだと言う口と鋼鐵塚の体を押し返そうと――到底無理なのであるが――する手と裏腹に、築炉の汗ばむ脚は絡みつくように鋼鐵塚の腰を抱え込んでいた。
 鋼鐵塚は射精する瞬間に築炉の顔を見るのが好きだったので、常と同じように築炉の藤色の瞳を覗きこんだ。いつもであれば築炉は恥ずかしそうに眉を寄せながら鋼鐵塚の目をそっと見つめ返すのであるが、今回ばかりは目があった瞬間に泣きそうな顔をして目を見開いた。
 むきゅう、と腹を踏まれたような声をあげて、築炉はそれを隠すように口元を押さえた。目は固く閉じられ、肩が強張る。内股がぶるりと震えて、腹の奥がひくひくと波打つ。鋼鐵塚は搾り取られるように想定していたより二拍ほど早く吐精し、震えるような息をせわしなく吸ったり吐いたりする築炉を目を丸くして見下ろした。
 築炉もぽかんとした顔で鋼鐵塚を見上げ、二人はしばらく間抜け面で見つめ合ったあとに、どちらからともなく無言で布団に潜り込み、そのままお互い何も言わずに眠ってしまった。いつもより熱を帯びぐったりとした築炉の体を鋼鐵塚は心地良いと思った。
 そして鋼鐵塚が朝日に起こされ目を覚ますと布団に築炉の姿はなく、どこだと探せば厨は朝食の準備が中途半端になされたまま無人で、厠の扉が開かなくなっていた。
 中から木鍵が刺されている。腹でも壊したのか、と中に声をかけるが、啜り泣くような不明瞭な声しか聞こえない。そんなに具合が悪いのか、だから昨日も様子がおかしかったのか、と鋼鐵塚は柄にもなく築炉の身を案じた。
 木戸をがんがんと拳で叩き「医者呼ぶか」と言えば、中から細い声が何かを答えた。鋼鐵塚は痺れを切らして声を荒らげる。

「聞こえねえ!」
「……か、考える時間をください」
「はあ!? 何言ってんだおまえは!」

 無理矢理戸をこじ開けようとすると、中から小さく悲鳴が上がった。

「出てこい!」
「い、い、いやです……」
「てめえは昨晩からいやだいやだってなあ!」

 鋼鐵塚が言うと、ひいんと情けない泣き声が木戸の隙間から漏れ出てくる。鋼鐵塚は木戸を叩きながら大声で喚いた。

「出てこい! ここで漏らすぞ! いいのか!」

 いいわけがない。
 築炉は開けたくない気持ちと、亭主が自分のせいで人間性を失うのはいやだという気持ちで目が回りそうになる。鋼鐵塚に人間性なるものが備わっているかどうかはこの際論じないものとする。
 鋼鐵塚家の厠は大抵の他の家がそうであるように母屋とは離れた位置にある。その前で鋼鐵塚が大声を上げるものであるから、往来の共同井戸で朝の支度をしていた鍛冶師達は「またか」と肩を竦めあった。そこにきて「漏らすぞ!」と不穏な台詞が聞こえてきたので、鍛冶師達は急に緊張をはらんだ目配せを交わし合う。
 その中で最も歳の若かった鉄穴森が「……少し様子を見てきます」と言うまで睨み合いは続いた。
 鉄穴森は内心で「いやだな」と少しは思ったが、それよりは愛妻と懇意の築炉の身が心配だった。鉄穴森は鋼鐵塚が築炉を刀の次に大切にしていることは承知しているが、それでも相手が鋼鐵塚だと何が起こるか分からないことも知っていた。
 鋼鐵塚は里の者に「あの鋼鐵塚が愛妻家になるとは」などと揶揄われると、眉ひとつ動かさず――なぜならとぼけた火男面をしている――「女房は大切にするもんだろ」と答えた。その発言は里のいくつかの夫婦関係に「あの鋼鐵塚でさえ女房を大切にしているのに」といらぬ軋轢を産むことにもなったが、ここでは特に言及しない。
 鉄穴森の見立てでは、自分が気を付けてやらねば死んでしまう小さくて弱い生き物の存在は鋼鐵塚の単純で頑固な精神構造に何らかの好影響を与えた。子供の時分に金魚か鼠を与えてやれば今ほど拗れることはなかったのではないか、と鉄穴森は思うのであるが、時は巻き戻せないのでどうにもならない。だが鉄穴森は自分の子供にはメダカを育てさせてやるべきであろうかと真剣に考えている。
 厠の前で地団駄を踏む鋼鐵塚に、鉄穴森は溜息混じりに声をかける。

「どうしました、鋼鐵塚さん、こんな朝早くから」

 鋼鐵塚は面もつけぬ寝間着姿でぎろりと鉄穴森を睨んだ。

「築炉が厠から出てこねえ」
「今度はいったい何をしたんです」

 間髪入れずにそう尋ねると、鋼鐵塚は眉をひそめる。

「俺のせいだと決めつけているな」
「それは、まあ――」

 そうだろう。
 鉄穴森は寝癖を水で撫で付けたばかりの湿った頭を掻いた。鋼鐵塚はもつれた長い髪を苛々と掻き上げて「何もしてねえよ」と零していたが、ふと思い至って手を止めた。鉄穴森はそれを見て一足早く「やはりそうじゃないか」と思った。

「昨晩、築炉とつがってたんだが」
「急にそんな話をしますか」
「あいつがいやだとめろとうるさくて」
「……あっ、ああー、聞かないほうがいい気が、」
「でも俺はすぐそこまで種汁来てんだよ」
「鋼鐵塚さん、ちょっと……」
「無視してたら築炉が変な声あげてぶるぶる震えだしたんだが、それ関係あるか?」
「……全部言っちゃうんだもんなぁ」

 関係あるかないかで言えば関係あるだろう。その証拠に木戸の向こうから今にも死にそうなうめき声が聞こえてきた。
 鋼鐵塚は大きな拳で再び木戸を叩き始める。

「なんだ!? いやだって言ったのに続けたから怒ってんのか!?」
「鋼鐵塚さん! ちょっと、ちょっといいですか!?」

 声が大きい。これ以上この話が広まっては築炉はこのまま厠の中で自害しかねない。「築炉さん死んじゃいますよ!?」と言えば、鋼鐵塚は不承不承といった様子で木戸を叩いて喚くのをやめた。

「本気ですぐそこまで来てたんだぞ!? おまえそこで止められるか!?」
「止められ――どうでしょう……。いや、重要なのはそうではなくてですね、」

 女の人の「いや」や「だめ」は時に額面通り受け取れないこともあるが、そんな高度な話はこの男には通用しない。
 鉄穴森は額を押さえながら慎重に言葉を選んだ。

「だから……つまり……築炉さんは恥ずかしいんでしょう」
「何が」
「ええと、その、……ああー、なんというか、……気を遣ってしまったことが」

 鉄穴森は面の下で思わず赤面しそうになる。選んだ挙句出てきたのが最近では里の爺ですら使わないような言葉であったからだ。
 鋼鐵塚は何気なく口にした豆腐が腐っていたような顔をして、それから猛然と厠の木戸を叩きはじめた。さして脆くも古くもない木戸がみしみしと軋む。他人の家のことながら鉄穴森は慌てる。

「は、鋼鐵塚さん、扉壊れますよ……」
「便所使いてえんだよ! おい! 出てこい築炉!」
「……大ですか、小ですか」
「大」
「築炉さん!! 今すぐ出てきてあげてください!!」

 鉄穴森が悲鳴じみた声をあげると、木片をぱらぱらとこぼしはじめていた木戸が細く控えめに開いた。鋼鐵塚は一切の躊躇も思いやりもない手付きでがばりと木戸を開け、築炉を厠から引っ張り出すと入れ替わりに厠に閉じ篭った。
 築炉は朝日に目が眩みしばらくぼうと立ち尽くしていたが、鉄穴森の姿を見止めると色の白い顔をますます蒼白にし、今にも消え入りそうな声で「あさから、どうも、おさわがせいたしまして」と頭を下げた。実際築炉は消えてしまいたいと思っていた。
 築炉はよろよろした足取りで母屋に戻っていく。鉄穴森はその不憫な背中に声をかけようか迷ったが、何と言ったらいいか分からなかった。鉄穴森がまごついている間に築炉は足を止めると、真っ赤になった顔で鉄穴森を振り返った。

「こ、このことは、どうか……」
「言いませんよ、誰にも、もちろん」

 鉄穴森はそう答えたが、今日の夕飯の妻との話題は決まったも同然であった。


 鋼鐵塚夫婦はそれについて二週間の間話すことがなかった。二人はいつものように淡々と睦まじく生活を送り、鋼鐵塚はその間一度だけ隊士を襲撃した。
 築炉は「もうこの話はきっと触れられることはないのだろう」と思った。鋼鐵塚の気遣いに感謝したが、それは誤りであったと知ることになるのは鋼鐵塚の布団の中でである。
 腹の中をたどたどしく行ったり来たりするものの感触に、築炉は眉をひそめた。鋼鐵塚の腰付きはそう手慣れたものではなく、決して技巧的と言うべくもなかったが、これほど探り探りでもなかった。
 築炉はふとした疑問を感じて、何を考えているか分からない表情で見下ろしてくる鋼鐵塚の顔を見上げた。

「あ、あの――」

 なんだ、と鋼鐵塚は素っ気なく答えた。長い髪が一房築炉の上に落ちてきたので、築炉はそれを梳くように撫で上げ鋼鐵塚の背に回す。築炉はしばらく鋼鐵塚の顔と天井を眺めていたが、言いにくそうに先を続けた。

「前みたいにしようとしています?」

  極力言葉を濁してそう尋ねると、鋼鐵塚は一瞬気まずそうな顔をし、それからことさらに不機嫌そうな顔になる。

「そりゃ……まあ……」
「ど、どうしてそんな……」

 自分を辱めるようなことをするのだ、と築炉は縮こまるのであるが、鋼鐵塚は開き直ったように荒々しく築炉の体を揺すり上げた。

「何がそんなに恥ずかしい、めおとだろうが」
「――めおとだから、恥ずかしいのです……」

 少なくとも築炉にとってはそうであった。ついでに言えば衣服を全て剥がされるのも、最中にいちいち顔を見られるのも、本当は顔から火が出るほど恥ずかしい。だが心の底から嫌悪しているかといわれると、そうではなかった。
 鋼鐵塚にしてみれば、どうせするなら多少は心地良い方がいいだろうという程度の腹である。そこに築炉の羞恥であるとか倫理であるとかそういうものは勘定されていない。それに築炉がびくびくと体を震わせる姿はかわいかったような気がしていた。本当にそうであったかもう一度確かめる必要がある。

「飯を食えば腹が膨れるし、よく寝ればすかっとするだろ、それと何が変わるんだよ」
「…………そんな、」

 築炉はもともとそう我の強いたちではないので、鋼鐵塚に目を見ながらそうだと言われてしまえばそんな気がしてきてしまう。

「それじゃあ何か、おまえは毎回おまえん中にだらだら漏らしてる俺を恥ずかしいと思ってんのか」
「ひえ、」
「毎回いやだと思ってんのか」
「そんなことは――」
「じゃあ、気分いいのか」
「そ――」

 そんなことないとも、そうだとも言えず、築炉は口を閉ざしてしまう。鋼鐵塚は築炉の脚を担ぎ上げる。逸物の入った腹をぎゅうと折り曲げられて、築炉は小さく呻いた。
 今日は以前ほど得体の知れないふわふわした感覚はなく、ほどほどにいつも通りであった。気持ちよくないというのではなくて「いつも通り」である。結局のところ築炉は鋼鐵塚の淡白で思いやりに欠けた力強い抽挿が好きだった。
 観念した築炉が口を開こうとするのと、濡れて泡立つ性器の結合部が「ぷぴい」と間抜けな音をたてるのは、ほとんど同時であった。ぬかるむ肉がどういうように捻られたかは分からないが、とにかくそういう音がした。
 尾籠な話になるが、放屁の音に似ている。そうであるので築炉の顔は、あっという間に熟れきった茱萸のように真っ赤になった。

「うううう、やだ、蛍さんは、そうやって……」
「はあ!? 今のは俺じゃねえ。おまえだろ」
「う、うう、ううう……」

 築炉は両手で顔を覆ってしまう。鋼鐵塚はそれを眺めながら、築炉の脚を高くしたり低くしたり、挿す深さを浅くしたり深くしたりした。
 もう一度あの滑稽な音が鳴らないかと悪意も思いやりもなく考えていた。人一倍神経の細い築炉の亭主はそういう男であった。それに関しては相性が悪かったとしか言いようがない。だが鋼鐵塚と相性のいい女がいるのかと言われると、両手を挙げて「参りました」と降伏する他ない。

「今のちょっと面白かったな。こうだったか? このへんだったか?」
「や、やです、やだやだー、蛍さんのいじわる……!」
「いじわるじゃねえよ」
「ほ、蛍さんは私を音の鳴るおもちゃか何かだと思ってるんですね……」
「そうだな、そっちが近いな」

 意地悪と比べるならば。
 だが鋼鐵塚の真意――と呼べるほど大したものでもないが――を知らぬ築炉は、衝撃を受けたように目を見開いた。

「ほ、ほたるさんは……ほたるさんは……」
「あ、出る」
「私を音の出るおもちゃだと思っている……」
「出すぞ」

 鋼鐵塚夫婦はお互いにあまり人の話を聞かないところがあった。
 鋼鐵塚は翌朝布団が空で、厨も無人であるのを発見した。またかよと厠に向かうと厠にも築炉の姿はなかった。築炉は押入れにつっかえ棒をして中でめそめそしていた。
 面倒くさいので鋼鐵塚はふすまを外して中から築炉を引き摺り出し、昨日の残り飯を二人でもそもそと食った。
 仕事の休憩中にその話を聞いた鉄穴森は、たっぷりの沈黙のあと「謝ったほうがいいですよ」とだけ言う。鉄穴森は「俺が? なんでだ?」と首を傾げる鋼鐵塚を見ながら、妻の親戚に独り身のよい男がいることを思い出していた。いつでも紹介できるようにしておこうと思った。