或る不死者の死(積怒)



 高い位置にある明り取りから細く淡く青い月の光が差し込んでくる。昼間はそこから刺すような陽光が床に届かぬ爪先の皮膚を焼く。
 あそこから陽光の昇るのを、何度見たであろうか。不死と化した己の肉体をこれほど恨んだことはない。
 縛り上げられ吊り上げられた両の肩は脱臼し、靱帯が伸びきったまま治癒して引きつり固まっている。身じろぐだけで痺れるような痛みが身を裂いた。

「惨めで哀れで見ているだけで腹立たしい」

 積怒が苛々とした声を上げる、ナマエは倦み疲れた目をのろのろ積怒の方に向けた。殺してくれ、と何度口にしただろう。それももう、飽いてしまった。
 痛みと苦痛と屈辱の記憶がそれだけでナマエの息を詰まらせた。脳髄が弛緩し、思考と感情が互いに責任を放棄する。はく、と痙攣のように吐息をこぼした。
 積怒の大きな手が、ナマエの髪を掴みあげる。しゃん、と錫杖の音がして、石突がナマエの胸を貫いた。皮膚が裂け、肋骨が砕け、肉が掻き分けられる。ナマエの胸元には乳房がゆるやかに弧を描く。己は人間である間、男であったような記憶がある。鬼になってからしばらくもそうであったように思う。ただ今は積怒の嗜虐欲を満たすために女の肉体を強要されている。
 脚の間にあったものを何度か潰され切り取られた感触も、もう忘れつつある。
 びちびちと床に血が落ち、水溜りのようになり、それが儚く霧散していく。頭の片隅で、ぼんやりと「きれいだなあ」と思った。
 天井から己の体を吊るしていた縄が切られ、重力のままに床に落ちる。ささくれた木の床が頬を打った。げほん、と小さく咽る。
 積怒は何も言わずナマエの腹を踏みつけ、眉を顰めて不快そうな顔をしながら首を傾げた。

「鬼のくせにこうまで弱いとは、恥知らずな」

 下腹にじわじわと力がかかる。痛みと、吐き気と、糞尿を我慢するのに似た感触があった。みし、ばき、と音がして、積怒の足の裏がナマエの腹と背の皮越しに床についた。
 失禁したように下半身が熱く濡れる。ナマエは激しい痛みと、断ち切られた肉体が急速に回復するのを、絶望にもなりきらぬ諦観と共に享受する。
 仰向け転がされ、脚を広げられる。先程まで己のはらわたを吐き出していた膣穴に、いきり立った陰茎を押し当てられた。
 のしかかってくる体は死人のように冷たく、重い。濃い血の匂いがした。
 ナマエは肉体を引き裂かれ、汚物を食わされ、手足を焼かれるより、何よりそれが嫌いだった。
 いやだ、いやだ、と譫言のように呻くと、積怒は「ああ、うるさい」と鼻を鳴らして乱暴に陰茎を挿入した。渇いた硬い肉を巻き込み、引き裂き、腹の奥を穿たれる。行き来するたびに肉が裂かれ、治癒した肉体を再び引き裂かれる。脚の間から垂れる血が、己と積怒の股座を濡らし、床に落ちる前に霧となって消える。

「いやだ、いやだ、いたい、いたい」

 目の端から涙が零れて落ちていく。積怒はそれを指で掬った。くつくつと低い笑い声が耳朶を擽る。

「そうかのう」

 肆の字の刻まれた目が意地悪く細められ、ナマエを見下ろす。怒の文字の浮く舌が、べろりとナマエの頬を舐めた。
 ひぐ、とナマエは喉を引き攣らせた。腹の内がじくじくと熱を持つ。知らぬ臓器がきゅうと疼痛を訴える。
 ナマエが一番厭なのは、己が苛烈な被虐に恍惚と快楽を見出していることと、それをこの鬼畜に見透かされていることだった。



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