家族全員が不幸に見舞われる



 家族だけは自分で選ぶことが出来ない。

 私の両親は私が十歳の頃に離婚した。原因は私かもしれなかった。いや、結果こそが私だったのかもしれない。
 ブロンドでブルーの瞳の二人の姉を、父親は可愛がっていた。私だけがブルネットにブラウンの瞳だった。だから、つまり、それは、そういうことだった。
 荒れた生活で心はすり切れ、行動は無軌道になる。やがて私は車と端金欲しさに強盗をした。その後すぐに逮捕されたのは、多分私がその話を方々に言いふらしたからだと思う。シボレー・エルカミーノを乗り回すいけ好かないナンパ男と尻軽女の心臓が、ツルハシの先でパチンとはじける話を、みな手を叩き喜びながら聞いていた。
 私は死刑を宣告されたが、恐ろしくはなかった。彼が私に真実を教えてくれた。真実の愛だ。私は私の行いを悔いた。どうしてあんな無駄なことに時間を、肉体を、精神を割いただろう。我が肉体は全ての生命の母の糧であった。それは福音だった。生と死の女主人。私は選ばれた。死をおそれるべきではない。私の美しい人。私の全て。
 なてゆにゅふ なぇしゅ いー と らー 



 自室のクッションを枕にうたた寝をしていると、スマホの着信音に叩き起こされた。画面で発信者を確認すると、実家の固定電話からだった。もう数年実家には帰っていない。メールと電話のやりとりだけはしていた。
 私はふと「無視してしまおうかな」と思ったが、虫の知らせだったのだろうか、気持ちと裏腹に通話ボタンをタップした。

「はい」
「ああ、元気でやってらが。山岸のばあばだよ」

 実家の地名を告げられる。実家の、父方の祖母の声だった。しわがれた細い声が私の近況を辿々しく尋ねてくる。耳が遠いせいか会話はときどき噛み合わなかった。
 父方の祖母は後妻で、私の父親とは血が繋がっていない。祖母は父が成人してから祖父と再婚したらしく、父親と祖母は仲が悪いわけではないがどこかよそよそしかった。家族の中でどことなく浮いた存在の祖母であったが、私には優しかった。ともに子供が産めない女だったからであろうか。
 私も祖母のことは好きだ。お節介でやたらと人のことにを突っ込みたがる親族の中で、祖母だけは控えめで口数少なく他者と一線をひいていた。そんな祖母とも会わなくなって数年が経つ。私は懐かしさを覚え、数年ですっかり覚束なくなったように聞こえる祖母の言葉を「うん、うん」と根気強く聞いた。

「困ったこどあるんでねえのか」

 困ったこと、と私は電話口で言葉に詰まる。祖母は続けた。

「おっかねぁこどあるんでねえのか」

 ふうう、と電話の向こうから震える息の音がした。

「したったらな、トッカイ様にようくお願いするもしえ。神さまも仏さまもいねえども、トッカイ様だけばはなすっこ聞いでくださるごっだ」

 は、と自室で目が覚める。手の中でスマホが鳴動していた。液晶はそれが実家の固定電話からのものだと告げる。私は寝ぼけた目をこすりながら眉をひそめる。私はさっきまでこの電話に出ていて、そして祖母と話をしていて、それで――
 通話ボタンをタップすると母の声がした。

「ああ、あのね、おばあちゃん亡くなったの。元気にしてたんだけど、今朝布団で冷たくなってて……」

 私は努めて冷静にそれを聞いていた。そうするとさっきの夢は、祖母の最後の挨拶だったろうか。
 私は通夜と葬儀の日程を聞き、手伝いが必要か尋ねた。田舎の葬式はとにかく人手がかかる。

「ううん、平気。通夜から出てもらったらいいから」

 それを聞いて私はほっとする。自分でも薄情だとは思うが、祖母のことは好きでも忌引きと有給休暇には限りがあった。
 私は先日急に声を掛けてきた易者のことを思い出していた。故郷のことを何か言いかけていた気がする。夢の中の不鮮明な祖母の言葉が脳裏に浮かぶ。
 実家に帰れということなのだろうか、と私はそんなことを思っていた。