五条とおともだちになる話
差し出された箱には丁寧にラッピングが施されており竹汀は眉をひそめた。差し出した張本人の五条悟は口元でにこにこ笑って「早く開けてよ」などと急かしてくる。
竹汀は寝そべっていたソファからずるずると体を起こし、箱を受け取る。ラッピングペーパーを剥ぎ取ると中から艶消しの白い箱が覗く。箱には海外製スマートフォンのロゴが箔押しされている。竹汀は小さく呻いてソファに沈んだ。
「それ僕からプレゼント。SIMも契約してあるからね」
竹汀は硬い表情で「ありがとうございます」と唸る。五条はうきうきと箱を開ける。新品のスマホの艶々とした液晶に二人の顔が映る。かたやにこやかで、かたや苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「これ僕とおそろいの機種。限定カラーなんだよ、カワイイでしょ?」
「オソロイ」
「ケースも買っておいたから使ってね、これも僕とおそろい」
「オソロイ」
竹汀はオソロイと答えるだけのボットと化す。ただでさえ昼夜を問わず両面宿儺の気まぐれに引っかき回される生活を強いられている。精神がすでに過労死ラインにある。救いと言えば両面宿儺が竹汀に苛烈な暴力を振るうことに早々に飽きたことくらいか。両面宿儺の千年近い無聊には同情しなくもないが自業自得だ。
竹汀はソファの上で膝を抱え顔を両手で覆う。
「悠仁とスマホ選びに行きたかった……」
「住所不定無職の竹汀くんスマホ契約できないじゃん」
ぐうの音も出ない。この心身で当たり前の生活を送るために竹汀は五条に頼り切るしかない。悔しいことに。
竹汀は促されるままにスマホを起動し初期設定を進めていく。設定を終えた瞬間、五条は「じゃあラインダウンロードして」と言い放った。竹汀は不承不承それに従う。目を刺す明るいグリーンの画面、可愛いのか可愛くないのか分からないマスコットキャラクターをやり過ごしながらラインの設定も終える。それを見届けた五条が笑顔で自身のスマホを差し出した。画面にはおともだち登録画面が表示されている。
「はい、誓約履行」
竹汀はスマホの画面を、五条の顔を、窓の外を順に見て静かに目を閉じる。
「いやだよぉ……」
「そんなしみじみ嫌がることないでしょ、傷付くんだけど」
「うううう…………くやしい……くやしい……」
「僕は別にやらなくてもいいんだよ? 困るのは竹汀だよね?」
慈悲がない。
「……心の準備をする時間がほしい」
「いいよ」
竹汀はよろよろと窓辺に近寄る。いい天気だった。小鳥が枝から枝に飛び交っている。のどかでいい景色だ。悠仁と共有したいなあ、と竹汀はぼんやりと思う。やはり生きていたほうがいい。少なくともそう思っていないと頭のねじが焼き切れそうだった。
「準備できた……やる……」
「おっけ、じゃあ「はじめてのおともだち登録は五条としたいな」って可愛くお願いして」
「――は?」
「待ってあげたんだからそれくらいいいじゃん」
竹汀の体がその場でぐらりとくずおれる。勢いよく床にたたきつけられる前に五条がその体を抱き留めた。完全に空になった体に五条は「逃げたのか?」と思うが窓ガラスに鳩が音を立ててぶつかり竹汀が意識を取り戻す。
「どこ行ってたの?」
「小鳥、猫、タヌキ、蛇、カエル、鳩」
「へえ、このへんって意外と生態系豊かなんだ」
悲しみと怒りと屈辱を無軌道な魂替えで発散してきた竹汀はわなわなと震えながら五条を見上げる。
「はじめての、おともだち登録は、五条と、したいなア」
「瞳孔ガン開きじゃんウケる」
五条は笑いながらスマホの画面を操作する。
「ふるふるする?」
「QRコードで」
竹汀は短く言い、五条は肩を竦める。コードの交換を終えた竹汀の画面には五条悟の文字が友達一覧に表示された。竹汀はその文字列をまじまじと見つめ、深い溜息とともに項垂れる。
「そんなに嫌がることないじゃん。僕が一番じゃだめ?」
「おともだち登録の順序で悲しんでるわけじゃない。自分に残ったなけなしの情動を弄ばれたことに腹を立ててる」
「理論的に怒るなよ、なんかこわい」
五条は呆然とする竹汀の手からスマホを取り上げる。竹汀は抗議する気にもならずそれを眺めていた。そもそも名義も購入者も五条なので竹汀には抗議できる筋合いがない。やがて返されたスマホの画面には見覚えのないアプリのアイコンが表示されている。
「それ子供向けの追跡アプリ。信号切らないでね」
竹汀は可愛らしいアイコンを見下ろし、苦い笑みを浮かべた。