長く短い祭(終)
虎杖と伊地知は草むしりをしに使われていない電話ボックス周辺まで足を伸ばしたために倒れた少女と遭遇してしまった用務員を宥め賺し竹汀の呪骸を回収した。竹汀の魂が抜かれ、ぼうっと立ち尽くす少女はしきりにスマホを気にしていた。意識の輪郭が定かでない状態でも呪いに平穏を乱される少女の姿を見て、虎杖は心を痛める。虎杖は少女の華奢な肩に手を置き「サトルくんは俺がぶん殴ってやったから、もう大丈夫だぞ」と笑いかけた。少女はぼんやりとした視線を虎杖に向けると、安堵したようにふっと微笑み覚束ない足取りで校舎の方に戻っていった。
呪骸に戻った竹汀はそれを見ながら舌を巻く。虎杖の明るい表情と芯のある声音から発されるそれは、正しく呪いだった。やもすれば魂替えより遥かに強く他者の魂に影響を及ぼす。竹汀は虎杖のそれが愛おしく、だが愛おしく思えば思うほど嫉妬もした。虎杖は少女の後姿を見送り、竹汀の方に向き直る。
「でもあいつ逃がしちゃったな」
「一人救った」
竹汀はそれだけ答えた。虎杖は少し笑い、それから腕を組んで視線を上に上げる。
「あいつ、どうやって祓う?」
問われ、竹汀は眉根を寄せる。しばらく考えた後、ぱっと顔を上げる。
「あ、いいこと考えた」
竹汀が言うと虎杖は「お!」と声を上げる。竹汀の唇が隠せぬ笑みをこぼす。虎杖に頼られ当てにされるのは気分が良かった。
「なになに?」
「まだひみつ」
竹汀が答えると虎杖は唇を尖らせる。
「すぐそういうこと言うよな、竹汀は」
「だって失敗したら恥ずかしいし」
「別に笑わねえよ」
「悠仁に格好いいとこ見せたい」
おねがい、と竹汀は首を傾げる。虎杖は何か言いたげな顔をしたが口を噤んで顔を逸らす。
「竹汀さあ、自分のこと可愛いって思ってるだろ……」
「思ってるんじゃない、知ってるんだよ。夜蛾のセンスがいい」
竹汀がいたずらっぽく肩を揺らす。ひひひ、と楽し気な笑声が形いい唇から漏れる。虎杖は顔を手で覆って項垂れた。
「悠仁、あいつ、地面から引きずり出したらどうにか出来る?」
竹汀は一転して真剣な顔で虎杖の顔を覗き込む。竹汀は他人に与える情報を必要以上に取捨選択する癖がある。竹汀は虎杖を陥れる嘘はつかないが、本当のことを言わないときはあった。どこか一線を引いたような態度をとる竹汀に頼られ、虎杖は悪い気はしない。
「ぜってー祓うよ」
竹汀はそれを聞いてにんまりと笑った。虎杖も笑う。
「じゃあ、やろう」
「やるか」
*
某月某日金曜日、時刻は日付が変わったばかりの頃である。そうではあるが窓のない部屋に監禁され目まで塞がれている嶋宗には知る由もない。外的刺激に乏しい部屋に閉じ込められた嶋宗の神経は限界に近い。膠のように貼り付いた目隠しを剥がそうとするが、がっちりと固着したそれは外せそうになかった。一度無理に引き剥がそうとしたために頬のあたりがひりひりした。
「……竹汀さん俺もう無理ですって」
「まだいける、頑張れ」
「うううがんばります」
周囲の様子も分からず時間の経過も計れず不安と恐怖に苛まれる嶋宗は、ある時点からずっと自分の中の存在しない竹汀に話しかけ続けていた。そして竹汀役も自分でこなし続けていた。傍から見れば完全なる一人芝居であるし、実際その通りであるのだが、それでも嶋宗の精神は一定の安定を得ることが出来た。
「もう何日になるんでしょう。鳥たちの餌は多めに置いてはいますけど、水替えもしてないしフンの掃除も出来てないし……本当は一日一回は部屋の中を自由にさせてやりたいんです」
「嶋宗は本当に鳥が好きだね」
「好きですよ……可愛いですから……」
「鳥のためにも生きて帰らないと」
「分かってます」
はあ、と嶋宗は溜息をつく。
「魂替え師なんか高専は救助してくれないですよ、弱いし、役に立たないし」
「そんなこと言わないでよ、こっちまで辛くなる」
「竹汀さんは体までなくしちゃって」
「嶋宗みたいに無闇に卑下する奴がいるから、こんなハメになってる」
「それは関係ないでしょう」
いまいち会話が噛みあわない。嶋宗はとうとう己の精神状態が悪化したのかとぼんやりと思う。膝を抱え、頭を埋める。
「こんな術式ならいらなかったですよ、普通の人間として生きたかった」
「その気持ちは分かるけど。――嶋宗、呪いの本質ってなんだと思う」
「……負の感情?」
「それは力の源。呪いとは何か――呪霊を祓い人間に安寧を齎すこと? 強力な術式で人を殺すこと? 圧倒的な領域を展開すること?」
嶋宗は饒舌に回る口を指先で押さえる。想像上の竹汀は嶋宗の知り得ることしか話さないはずだ。当然だ。だが己のかさついた唇は意思に反して弧を描く。
「そんなのは呪いに付随する諸々でしかない。呪いとは何か。嶋宗、自分はね、影に日向に他者に行動と思考を強制することだと思うよ。――我々は弱いが、タチは悪い」
「竹汀さんはそんなこと言わない!!!」
嶋宗は思わずそう叫んで飛び起きた。己の中で奇妙な呪力がうごめく。
「――は?」
「え?」
「いや、なに?」
「え? 竹汀さん?」
「…………竹汀ですけど」
嶋宗は大きな悲鳴を上げて冷たい床の上で七転八倒する。
「ぎゃああああいつからいたんですか!?」
「君が部屋の隅のバケツで用を足すのがツライって言ってた頃」
「結構前じゃないですか!」
「そうだけど……というか、何だと思って話してたの?」
こわぁ……と己の口元がわななくので、嶋宗はぎゅっと唇を噛む。
「いや……てっきり……イマジナリー竹汀さんかと」
それを聞いた竹汀は「ああ」とあっさり納得した。嶋宗はなんだそれはと詰められると思っていたので拍子抜ける。竹汀は淡々と言葉を続けた。
「自分もたまにやるよ、それ」
竹汀の場合はイマジナリー虎杖だが。
「え、そんな閉じ込められることあります?」
「魂替えしてると色々ある」
「竹汀さんは気軽に魂替えしすぎです」
嶋宗は溜息をつく。たとえ肉体を持たない竹汀であっても、誰かがいるというのは心強い。気分も幾分か晴れた。
「やっと戻ってきてくれて……俺もうぶっ壊れるかと思いました……」
「そっか、あともうひと頑張りしてもらおうかな」
何を、と嶋宗が眉をひそめるのと、今まで物音一つしなかった壁の向こうからけたたましい着信音が鳴るのはほぼ同時だった。一つであった着信音が、二つ、三つ、四つ、十、二十と折り重なり、壁が振動するほどの大音量が鳴り響く。それに紛れて男たちが戸惑い何か怒鳴る声が聞こえた。
嶋宗が事態を飲み込めず冷や汗をかいていると、己の口が悠然と己の名を呼んだ。
「嶋宗、スマホ持ってる?」
「い、いえ……閉じ込められるときに取り上げられました」
「まあ、そりゃそうか」
蹴破られるようにドアが開く気配がする。怒鳴り声とともに男が部屋に押し入ってくる。男は嶋宗の胸倉を掴み上げ何事か喚いた。嶋宗の口元が笑みを刻む。
「逃げ足に自信はあるか」
嶋宗の襟首を締め上げていた男の手が一瞬緩む。なんだと、と呻く声が折り重なる着信音越しに聞こえた。
「嶋宗」
「は、はい?」
「抵抗するなよ」
「――え?」
嶋宗の手が意に反して目を塞ぐ膠の縁にかけられいっきに引き剥ぐ。貼り付いていた目の周囲の皮膚ごと毟られ、血が噴き出す。嶋宗は一瞬何が起きたか分からず、だが数十時間ぶりの光に眩む視界で男が唖然と己の行いを見ているのだけ分かった。嶋宗は遅れてやってきた痛みに悲鳴を上げ、顔を押さえ蹲る。
男は自身の上着のポケットの中で着信音を鳴らし続けるスマホを取り出し、非通知と表示された液晶の通話開始ボタンをタップする。先ほどまで耳が痛くなるほど鳴り響いていた幾重もの着信音がふっと消える。男は通話中になるスマホを見下ろし、どうして己はこんなことを、と思った。魂替え術式は体の持ち主にその意に反する行動を強制することは困難だが、鳴り響く着信音の中で通話を開始させる程度なら出来る。
「今、あなたの後ろに、いるよ」
水の中のような不鮮明な声がスピーカーから響く。男が勢いよく振り返ると、少年を模した呪霊がにたにた笑って立っている。階下、男の足元の遥か下で呪霊の気配が膨れ上がる。それは外付けの非常階段をがたがた言わせ、体を壁に激しく激突させ、叫び声を上げながら階段を駆けあがってくる。男は非常口に向かい身構える。一瞬あたりが静まり返り、勢いよくアルミ製の非常扉が吹き飛ばされる。人の皮を貼り合わせた鮟鱇のような呪霊が餌を散々鼻面の先でちらつかされた怒りに涎を撒き散らしながら男に襲い掛かる。
男が呪術を使う前に、呪霊の体が強い力で吹き飛ばされる。祓除されぐずぐずと崩れていく呪霊の向こうで、荒い息を吐く虎杖が額の汗をぬぐう。
「ま、間に合った……」
呪霊の足が思いのほか速くて焦った。
竹汀の案は、至極シンプルだった。地中から姿を現す素早い呪霊ならば、地面から遠く離れた場所に出現させればいい。地中から現れ、餌に食いつく時間を稼げる。ならば高専の屋上にでも、と提案する虎杖に竹汀は曖昧に笑った。
竹汀は虎杖の制止も聞かずに躊躇なくサトルくんに電話を掛けた。二十四時間以内に返ってくるという電話を待つ間、竹汀は伊地知に都内の総合病院に車で連れて行ってくれと頼んだ。しばらくその周辺のコンビニやカラオケで時間をつぶし、サトルくんから電話が来た時点で病院に戻る。深夜の真っ暗な駐車場に立ち、竹汀はサトルくんからの着信がひっきりなしに届くスマホを耳に当てながら「今から少し離れた場所に魂替えするけど、疑似餌の方がついてくるはずだからそれを追ってきてほしい」と言った。なんで、と言いかけた虎杖に竹汀は「悠仁の足の速さ、信じてるからね」とだけ言って倒れる。
しかたがないので疑似餌を追いかけて辿り着いたのがこの雑居ビルだった。わけもわからず呪霊を殴り、今に至る。虎杖は地面に蹲る嶋宗を見つけて声を上げる。
「あれ!? 嶋宗さんじゃん! どうし……うわ、顔、怪我、血! 大丈夫か!?」
嶋宗も突然現れた虎杖に目を白黒させた。実際は赤一色だが。
「え、虎杖くん!? いったい何が、あ、竹汀さんは!?」
男に魂替えしていたはず、と周囲を見るが、男の姿はない。虎杖が乱入した混乱に乗じて逃げたらしい。虎杖は自分の腹をばしばし叩く。
「こっちにはいない」
「こっちもです、いったいどこに……」
男は這う這うの体でエレベーターのボタンを連打する。ランプが点灯し、階下からエレベーターの箱がせり上がってくる音を聞いて安堵する。軽いベル音とともにドアが開いたエレベーターに乗り込もうとし、ぴたりと体が動かなくなった。
「本当に逃げ足が早かったんだ、冗談だったのに」
意に反して己の口がそう発話する。男は「魂替え……」と低く呻き、それを押し出そうとした。だがどうにも魂の輪郭が見定められず、するすると逃げられる。
「実は試したいことがあって、まさか嶋宗で練習するわけにもいかないし」
男の手がズボンのポケットに忍ばされた折り畳みナイフに伸びる。慣れない手つきでそれが広げられる。男は昨晩自分が研いだばかりの鋭い刃を見つめ、じっとりと汗をかく。竹汀はナイフで男の小指の先を少し削ぎ落した。難なく、小さな肉片が床に落ちる。男の鼻面の先でエレベーターのドアが音を立てて閉まった。
「あ、結構いけるな……」
己の内を巡る呪力で何が出来るのか、竹汀はまだ検証していない。いい機会だからこの男で試そうと思った。竹汀は次いで先ほどより大きな範囲の肉を小指から削ぎ落す。二片、三片、鉛筆を削るように肉を削ぎ落とすたびに男は泣き、呻き、身を捩じる。
竹汀は痛みと苦痛と恐怖に反して呪術師の体を自由に操作できることに満足する。ついでとばかりに、ナイフを男のこめかみに当てる。鋭い切っ先が容易く皮を切り肉を裂き、頭骨に達する。骨を断ずるには華奢なナイフに骨の表面を引っ掻かれ、男はやめてくれと啜り泣いた。死の恐怖と抵抗さえ凌駕出来るとは化物だな、と竹汀はそれを他人事のように観察していた。
「抵抗しないとこのまま頭骨を砕く。呪術師だろう、諦めるな、呪力を巡らせろ、異物を探り排除しろ、そうでないとこれが自分の力かオマエが弱いせいかも分からない」
ぶらりと垂らされていた左手がぎこちなくナイフを持ち替え、右手がナイフの柄を杭打つように殴りつける。手がぶるぶると震えナイフを取り落しそうになる。手はもう一度ナイフを握り直した。男は呻き、身悶えし、泣きながら許しを請う。俺は何も知らない、金で依頼を受けただけだ、金を払う、助けてくれ、そう喚く唇がゆるりと弧を描いた。
「助けを請えとは言ってない、抵抗しろと言ってる……ほら、がんばれ、がんば――」
「あっ! テメエか逃げんじゃねえ!」
男の背中に虎杖の健脚による助走の付いた飛び蹴りが炸裂する。男は顔から勢いよくエレベーターのドアに激突した。男はどぼどぼと鼻血を噴出しながら昏倒する。直接痛覚を感じない竹汀さえあまりの衝撃に目を回した。男の胸倉を掴み上げ追いうちをかけようとする虎杖に向かって竹汀は両手を挙げる。
「悠仁! 待って、待って待って!」
悠仁、と呼ばれ虎杖は目を丸くした。拳を解き、胸倉から手を放す。
「竹汀?」
「……はい、竹汀です」
「わりィ! おもっくそ蹴っ飛ばした!」
竹汀は止まらぬ鼻血を親指で拭い、形の歪んだ小指と、こめかみの小さな傷を指先でなぞる。
「いや……ありがとう……」
急に礼を言われた虎杖は一瞬怪訝な顔をしたが、笑って竹汀の肩を叩く。強く叩かれるたびに男の鼻から血が噴き出し床に斑点を作った。
「竹汀何も言わずに俺のこと引きずりまわすんだもんなあ。まあ呪霊祓えたから貸し借りなしで」
竹汀は曖昧に笑い、血だらけの手を男の上着で拭う。虎杖に止められていなかったら、己は戯れにこの男を殺していただろうか。それが可能だったろうか。竹汀は溜息をつき、虎杖によりかかる。
「竹汀、知らねえおっさんの鼻血が付く」
「……ごめん」
竹汀は虎杖に伊地知へ電話するよう頼んだ。補助監督とはいえ高専関係者を拉致した組織だ。詳細な調査は入るだろう。雇われだと自称していたから、どうなるかは分からないが。竹汀は男の体を引きずりながらフロアを見て回る。虎杖が昏倒させたおかげで男の体は自由に使えた。他には誰も残っていない。全員逃げた後のようだ。嶋宗が閉じ込められていたのは雑居ビルの倉庫だった。男たちは雑居ビルのワンフロアを塒にしていたらしく、他の部屋には生活の痕跡がある。室内の乱雑さを見るとそれほど統制の取れた組織とは思えない。呪詛師崩れのチンピラの吹き溜まりが関の山だろう。
漫画週刊誌と食べ物のごみが散らかった室内、煙草のヤニで汚れた壁に蛍光ピンクの付箋が貼ってある。おおよそ文房具などとは無縁に見える荒れ煤けた室内で、角のピンとした付箋は妙に目立った。
竹汀はそれを何気なく手に取る。表面に鉛筆でTest your abillity と走り書きがされていた。眉をひそめ付箋を裏返すと Enjoy? と小さな文字が嘲るように踊っていた。たった一語で竹汀の頭に血が上る。止まりかけていた鼻血が激しく滴った。
「ころすぞ」
低く呻いて付箋を睨む。電話を終えた虎杖が竹汀の背後から竹汀の手元を覗き込んだ。
「なんだそれ、付箋? 英語?」
「――さあ、なんだろ」
竹汀はそれを元の壁に貼り直す。丹念に糊を指で押さえた。ピンクの付箋に血の手形が残った。
*
竹汀の推測通り嶋宗を攫ったのは呪詛師崩れのチンピラだった。雑居ビルの痕跡からおおよその行先は割れているらしい。虎杖が飛び蹴りで捕らえた男は先んじてお縄についた。その先のことは、虎杖も竹汀も感知し得ぬところだ。
嶋宗は目の周辺の傷こそ深かったが、竹汀が家入に待機するよう要請していたため高専に戻るなりすぐに跡も残らず傷は完治した。じゃあ週末は悠仁に鳥を見せられるよね、と嶋宗に詰め寄る竹汀を制止したのは意外なことに五条だった。「あのねえ、魂替えっていったって誰もが竹汀みたいに鬼メンタルじゃないんだって。一週間くらい休ませてやりなよ」という真っ当すぎる苦言に竹汀は返す言葉も見つからず引っ込まざるを得なかった。五条にまともなことを言われたら終わりだ、という自覚はあった。
一週間後、虎杖は竹汀と連れ立って嶋宗の家を訪ねていた。なんでもないマンションの一室は、中からドアが開けられた途端鳥の鳴き声とうっすら家禽特有のにおいがした。スウェット姿の嶋宗は虎杖の顔を見て嬉しそうに笑い、竹汀の顔を見て微妙な表情をした。竹汀は気を悪くこそしなかったが、素直な男だなと呆れる。嶋宗の現場復帰は月曜日になっているので、まだ休暇中ということになる。竹汀は虎杖が選んだお見舞いのお菓子を嶋宗に手渡す。
「や、嶋宗、元気そうでよかった」
「……おかげさまで」
嶋宗は二人を部屋に招き入れる。虎杖の言う通り、なんでもない3Kの部屋の内、二部屋がぶち抜かれ鳥の飼育スペースになっていた。四、五羽の鳥がいっせいに虎杖と竹汀を見る。ひときわ大きい白いオウムが鋭く鳴き、ケージを足でがたがた言わせた。
「うお、でっけえ! かわいい……けどちょっと怖いな」
ケージを掴む鋭い爪を見て虎杖は尻込みする。嶋宗は「いい子だよ」と笑いながらケージの扉を開ける。オウムは差し出された嶋宗の腕を無視して翼を広げ、竹汀に襲い掛かった。おゎ、と竹汀は短く間抜けな悲鳴を上げる。オウムは竹汀の肩にとまり竹汀の頬を激しく嘴でつつく。痛みこそないが竹汀は顔をしかめる。オウムの体を押しのけるために差し出した手ががじがじと齧られる。虎杖はどうにも出来ずにおろおろしていた。
「嶋宗、まさかオウムに仕込んだ? 仕返しをオウムにさせるのは愛鳥家としてどうかと……」
「い、いえ、違います! こら! コムギ! やめなさいって!」
どうやらただの飼い主思いのオウムだったらしい。嶋宗によってオウムが引き剥がされる。竹汀は啄まれた跡が残ってしまった頬と耳を撫でる。オウムは虎杖の肩に乗せられ、羽毛をぶわぶわと膨らませた。
「約束通り週末までに助けたし、家入に待機してもらえるように頭も下げたのに」
唇を尖らせる竹汀に嶋宗は胡乱な目を向けた。
「家入さんに根回ししてたってことは、竹汀さんは最初から俺の皮を剥ぐつもりだったんですよね……」
「必要だったからね」
「いや、それはそうですけど……」
めちゃくちゃ痛かったですよ、と嶋宗は目のあたりを手のひらで押さえる。竹汀は肩を竦め、口元に手をやり首を傾げ上目遣いに嶋宗を見る。
「ごめんね、嶋宗。許してほしいな」
「そんなの学長が作った呪骸が可愛いだけで中身は竹汀さんじゃないですか」
真理を指摘され、竹汀は片眉を上げる。竹汀の体が床に倒れるのと同時にオウムが羽ばたき嶋宗の肩に留まり頬に大きな体をすり寄せる。嘴が嶋宗の鼻を甘噛みした。
「シマムネ、ゴメンネ、ユルシテ」
尾を振りながらオウムが喋る。嶋宗はぎゅっと眉を寄せた。
「そんな……コムギへの冒涜ですよ……ううっ」
「シマムネ、シュキヨォ」
「う゛っ」
「ユルシタ?」
「…………はゎ」
「ゴメンネ?」
「…………いいですよ! もう! 結果として助かりましたしね!!」
竹汀の呪骸が目を開け「よかった」と唇の端を上げる。虎杖がオウムの頭を撫でながら「それは卑怯じゃね?」とぼやいた。