忘れた悪夢



 受けるべきときに受けられなかった情愛の欠落を他のもので埋めるのは難しい。目に見えぬ根幹の部分がやわやわとしているのだから、その上にどんな立派なものを積もうと砂上の楼閣よりも簡単に崩れてしまうのは自明だった。
 与えられなかったものの残滓を俯いて拾い上げることに、意識的か無意識的か血道を上げている。――いや、上げていた。拾い上げて、拾い上げて、辿り着いた先の父を殺めてしまったことで、その伽藍堂は永久に埋められなくなってしまった。
 痛々しいものだった。意に沿わぬ肉親を殺して、殺して、殺し尽くして、崩壊を待つだけの肉塊だ。血縁とはいえ他者が容易に思うようにならぬことを知らない。知ろうともしない。
 中途半端な幻想と妄執で自家中毒を起こす様は、己の脚を貪り続ける蛸のようだ。
 顔も見せぬような父親など、幻影にとどめておけばよかったのだ。そんなものを追い求めるくらいならば、違うもので少しずつ己を埋めていったほうがよほど真っ当だ。
 愚かな男だ。愚かで、哀れだった。




 低い呻き声で目が覚める。目の前に藤緒の顔があった。淡い色の瞳に、己の青ざめた顔が映っていた。勝手に布団に入り込んでいたらしい。寝起きに見て気分のいいものではない。尾形は藤緒の顔に掛布を被せる。むぐ、とくぐもった悲鳴が漏れたのには、聞こえないふりをする。
 耳の奥で強く脈の音が続く。深い溜息をついた。額にじっとりと汗が滲んでいる。目尻のあたりがぱりぱりとごわついていた。
 泣いていたのだろうか。

 掛布から顔を出した藤緒の頭を抱く。己の頬に藤緒の頬が触れた。柔らかく滑らかな頬の、傷の部分だけが熱を持ったように脈打っている。

「魘されてたか」

 うん、と藤緒の肯定が聞こえた。

「泣いてたか」

 返事はない。いつものように他のことに気を取られたのか、ひょっとすると藤緒なりに気を遣ったのかもしれない。

「そういうときは起こせよ」

 藤緒の頭をがしがしと掻き回す。尾形の首に藤緒の腕が回され、抱きしめられる。ひひひ、と藤緒は悪戯っ子のように笑った。