依って件の如し





「お前の母親が新聞に載ってるぜ」

 がさがさとした印字の新聞紙を藤緒に放ると、それは座敷に座っていた藤緒の膝に当たってぽとりと畳に落ちた。
 藤緒はそれを拾いもせず、尾形からも顔を背ける。尾形は藤緒の隣に胡座をかいて座った。

「めでたい報せだと思うが」

 茨城県の農村に住む女が父親を絞め殺したという記事であった。仰々しい題字の下に不鮮明な写真が掲載されている。白黒の写真で顔立ちはよく見えない。だが、ぎらぎらとした目がこちらをひたと見つめていた。藤緒に似た目だった。
 はて、こんな女であっただろうか。と、尾形はその写真を見たときに首を傾げた。もう随分と昔のことであるし、そう何度も顔を合わせたわけではない。痩せて、落ち窪んだ目をし、いつもおどおどと俯きがちな女であったと記憶していた。こんな、獣のように獰猛な目をした女であっただろうか。 



 産まれてきたのが間違いであったと言われる人間がこの世にいるなら、間違いなく藤緒がそうだった。箱に詰められ土中に埋まって産まれたようなものだ。それを尾形が無理矢理掘り返したのだが、それが幸福かどうかさえ分からない。
 尾形は藤緒を背後から抱きしめ、相変わらず何を見ているのか分からない両目を掌で塞ぐ。

「藤緒」

 藤緒がかすかに身じろいだ。

「つらいか」

 藤緒の父親は本物の鬼畜で、外道で、畜生以下の男だった。それでも、失うのは辛いものだろうか。己が父を殺めたとき、果たしてどのような気持ちであったか。
 その父親に嬲られるためだけに産まれてきたような母親が、やっと地獄から抜け出せたのだ。かわりに獄に繋がれることになったが、尾形に言わせればあの家よりも牢屋のほうがよほど住み良い。しかし藤緒は、母親を救えなかったことを、己だけ逃げ出したことを、悔いているだろうか。己が母親を狂気から開放したとき、果たしてどのような気持ちであったか。
 掌に、目蓋越しに藤緒の眼球がせわしなく動いているのを感じる。

「つらいときはどうする。幸せなことでも思い出すか」

 はは、と尾形は乾いた笑い声を零した。この女の人生に、幸せなことなどなかった。

「いいや」

 明瞭に、藤緒が答えた。尾形は藤緒の肩に顎を置く。

「辛いときは、もっと辛いことを思い出す」

 それを聞きながら、藤緒がこんなにはっきりと話すのはいつぶりだろうかと思い返していた。
 賢い女だ。ただ、その明晰さに美しいだけの肉の殻が動作不良を起こしている。かつて尾形は彼女の中身を自由にしてやろうとした。羽化に失敗した蛹を切り裂いて蝶を助けてやるように、藤緒にもそうした。

「なあ、藤緒」

 尾形は藤緒を胡座の中に閉じ込めるように座らせる。太腿の上に藤緒の柔らかな肉が乗る。

「今は、何を思い出している」

 問うと、藤緒は頬の傷をしきりに撫でながら、面白くもなさそうに哄笑した。