三、もち菓子



 仕事を切りのいいところまで、などと考えている間に昼食を食べ損ねた。時計は二時を回った時間を指していて、今から外に食べに行く気分にもならない。清水はバッグとデスクをあさり昼食がわりになるようなものを探したが、のど飴くらいしか見つからなかった。
 空き腹を抱えながら、日車が帰ったら入れ替わりにコンビニに軽食でも買いにいこうと考える。こういうとき少人数の事務所は不便だ。雑用と電話番のアルバイトでもいればいいのに、とため息をつく。
 表のガラス戸が押し開けられる音がした。来客かと背筋を伸ばしたが、日車であったので外出の件を断ろうと椅子から腰を浮かせた。日車は出入り口から自席に至るいつものルートではなく、清水の席の前を通る。通りすがりに、清水のデスクに白いポリ袋を置いた。「このあいだ、かりんとうもらったからな」と日車は言い残し、席に戻っていく。
 清水は袋の中を覗き込んだ。透明のお惣菜パックにだんごともち菓子が詰められている。
「え、いいんですか!?」
 ちょうどお腹空いてたんです!
と喜ぶ清水に日車は「どうぞ」と素っ気なく言った。この頃清水は日車の言動が素っ気ないことに、慣れはしないが悪意はないのだということは分かってきていた。
「ありがとうございます!」
 機嫌よく袋を持ち上げた清水は、そのずっしりとした重さにぎょっとした。
「重ッ!?」
 見れば袋の中の透明パックは二つ重ねられていて、どちらにも数種の菓子が詰められていた。多くない? と目を丸くする清水に、日車はしれっと「だんごの最低ロットは十本だろ」と言った。清水はそれがどこまで本気か分からず「はぁ」と曖昧な返事をする。そういうルールのお店なのかもしれない。
 清水は中身の重さでしなる透明パックを袋から取り出す。だんごはどれも粒が小さいかわりに五玉連なっていて串の持ち手が短くなってしまっている。重いはずだ、と清水は思った。
 二つ目のパックに上から押し潰されてしまったような扁平なだんごが入っているのを見て、清水は日車に「これなんですか」と尋ねた。日車はパックを見て、清水が南部せんべいを食べたことがないと言ったときと同じ顔をした。おそらくそれは「こいつマジか?」の顔なのだろう。
 日車は言葉短く「おちゃもち」と答える。おちゃもち、と清水は口内で反芻した。コミカルな音が日車の口から出たのが面白かった。
「じゃあ、これは?」
 灰色がかった茶色の平たいもち菓子を指差す。
「きりせんしょ」
「へー、こっちはなんですか?」
「がんづき」
「これは?」
「ひゅうず」
「……日本語ですか?」
「そのつもりだが」
 さすがに失礼なことを言っただろうかと清水は思ったが、日車は特段気分を害したわけではなさそうだった。
「だんごのレパートリー多すぎません? この辺の人っておだんご大好きなんですか?」
 清水が軽口めいて言うと、日車はワンテンポ遅れて「この辺の人がどうかは知らないが、俺は結構好きだな」と答えた。清水は「あ、そうですか」と調子が狂ってトーンダウンした返答をする。日車はノリやテンポよりも、話している内容の正確さを重視する。
 清水は手の上でぐにゃぐにゃとしなる透明パックを日車に差し出す。
「こんなに食べ切れないので、日車さんも食べましょうよ」
 日車は席から身を乗り出し、しょうゆに潜らせたシンプルなだんごを手に取った。やはり持ち手ぎりぎりまでだんごが通されていて、日車の大きな手では持ちにくそうだった。日車はだんごの粒をひとつずつ噛りとっていく。四つ目、五つ目のだんごを串を横にして器用に食べているのを横目に見ながら、日車がキリナントカと呼んでいた扁平なもち菓子を手にする。胡桃が乗せられていて美味しそうだった。
 一口齧った途端、中から黒蜜がどっと溢れ手を汚す。清水はくぐもった悲鳴を上げた。清水の悲鳴に、日車は串から顔を上げた。
「黒蜜入ってるから気を付けろよ」
「ふぁひひひってふははいよ」
 清水は慌てて透明パックの蓋に食べかけのもち菓子を置き、ウエットティッシュの袋を小指と薬指だけで開けて手を拭く。先日クリーニングに出したばかりのジャケットに黒蜜を溢していないか入念にチェックした。特に染みが見当たらないので胸を撫で下ろす。
「ちょっと食べにくいけど美味しいです。ごちそうさまです」
 コンビニやスーパーのパックだんごではない昔ながらのもち菓子など久しぶりに食べた気がする。日車は清水に向かって会釈しながら串をごみ箱に放り込んだ。清水はなんとなく「思っていたよりとっつきにくい人ではないのかも」と思ったが、もちもちのお菓子が思いのほか美味しかったからそう思っただけかもしれなかった。