床穴塞ぎ$1200



「ボスからあなたのお手伝いをするよう仰せつかっています!」
「いいえ、ボスから指示されたのはわたしです!」
「わたしがこの殻にかえても水を汲んできます!」
「コーヒーはわたしたちに任せて、他のお仕事をしてください!」
「キチネットの掃除もします!」
 キチネットでエッギーズがディメンシアを取り囲み口々に言う。ディメンシアはエッギーズを蹴飛ばさないよう摺り足で後ずさった。
「それは助かります。では、そこの……ジョージ?」
「わたしはフランクです!」
「ああ、ごめんなさい。フランク、コーヒーをお願いします。他のエッギーズはキチネットの掃除を。ゴミはダストシュートに……」
 ディメンシアが言い終える前にエッギーズの一人がヤカンに取り付く。自身の身長と同じ程の大きさのヤカンになみなみと水を汲んだエッグは、シンクからヤカンを持ち上げようとし勢い余って後ろにひっくり返った。
 ディメンシアは慌ててエッグからヤカンを取り上げ、シンクに強打されそうになったエッグの尻の下に手を差し入れる。ディメンシアの手のひらの上に尻餅をついたエッグは「アイタッ! どうもありがとうございます」と細い手足をばたばたさせて立ち上がる。阿呆で鬱陶しいが、無害で献身的なエッギーズが粉々になるところを目の当たりにしたくはない。ディメンシアはエッグが立ち上がるのを見届けると、ヤカンをコンロにかけた。
「火の番はわたしが!」
「いいえ、わたしが!」
 火の元に殺到するエッギーズをディメンシアは手で押しのけた。焼き卵になられても困る。押しのけた際に転んだエッグが「あっ、尻にヒビが!」と叫んだ。ディメンシアは溜息をつく。
 ディメンシアは両手を肩の高さに挙げ「エッギーズ、集合!」と声をかける。エッギーズはワッとディメンシアの足元に集まり整列した。ディメンシアはエッギーズをぞろぞろと引き連れ、サー・ペンシャスの部屋まで向かい、ドアをノックした。
 開けられたドアから顔を覗かせたサー・ペンシャスはディメンシアの顔と、足元のエッギーズを見て「働きぶりはどうです?」と言った。可愛い手下たちの働きぶりを疑っていないような口振りだった。ディメンシアは言葉を選び、サー・ペンシャスに惨状を伝えようとする。
「ペンシャス、エッギーズは大変働き者で助かるんですけど……」
 手数が多いし、素直によく働く。コーヒーを淹れるのも案外上手い。アラスターはエッギーズが淹れたコーヒーを四度飲んだと言ったが、正確には五回、エッギーズの淹れたコーヒーを素知らぬ顔でアラスターに出したことがある。露見したらひどい目に遭いそうなので黙っておく。
「ただちょっと……壊れやすすぎて」
「当然でしょう、卵なんですから」
 それはそうなのだが、とディメンシアは項垂れる。
「ペンシャスはにょろにょろ歩くから気にならないと思いますが、私は足下でエッギーズがちょろちょろしていると、いつ蹴っ飛ばしてしまうか気が気じゃありません」
 エッギーズは軽い尻餅くらいでは割れないが、ディメンシアが何気なく踏み出した足にぶつかるとごろごろ転がって壁にぶつかるまで止まらない。一度、うっかりエッギーズを蹴飛ばしたディメンシアは、ニフティが「ゴキブリが出たのね!」と大喜びですっ飛んでくるほどの悲鳴を上げた。幸いにもエッグにはヒビ一つなかったが。
 サー・ペンシャスはディメンシアの言葉を聞いて大きな目を涙で潤ませる。
「なんと、我が部下たちの身を慮ってくれるとは、なんて優しい。チャーリーのエクササイズの成果ですか?」
 ディメンシアは「そうかな」と首を傾げる。そうかもしれない。
「ペンシャス、発明家なんでしょう? エッギーズが転んでも平気な装備を作れませんか?」
 ディメンシアの言葉にサー・ペンシャスは目を輝かせ舌をちらちらさせる。だがすぐに何か思い出したように表情を曇らせた。
「ですが、発明は禁止されていて……」
 ディメンシアは眉尻を下げる。
「禁止されているのは兵器の発明じゃないですか。エッギーズが怪我をしないための発明だったら、ホテルの天井に穴を開けることはないですし」
 サー・ペンシャスはディメンシアの言い分に深く頷き、エッギーズに向けて手を振り上げる。
「エッギーズ、おまえたちの強化装備を開発する! 各員、整列して発明室に入場!」
 楽しそうに部屋に戻るサー・ペンシャスとエッギーズを見送り、ディメンシアはキチネットに戻る。沸いたヤカンを火から下ろすと、ロビーの掃除をしていたニフティがひょいとキチネットを覗く。
「あら、たまごちゃんたちは?」
「ペンシャスによるアップデート中です」
「残念、わたし、床にぶちまけられた白身を拭くのが好きなのに」
「……黄身は?」
「黄身はだめ」
 そうですか、とディメンシアが呟くのも聞かずにニフティはぐふぐふ笑いながらキチネットのドアを閉めた。


 ディメンシアがロビーの隅で、納品予定日を過ぎてもいっこうに届かないリネンについて業者に電話をしているところに、サー・ペンシャスが誇らしげに近づいてきた。「今いいですか?」とジェスチャーしてくるサー・ペンシャスに、ディメンシアは「ちょっと待ってください」とジェスチャーを返す。
「泣かれたって困りますよ、泣きたいのはこっちなんですから。え? マリファナ? そんなもの送られたって困ります。……いや、違う違うハードなドラッグがほしいって意味じゃないです。フェンタニルはマットレスに敷かないでしょう。……すみませんこの番号ってクリーニングサービスの番号ですよね? プッシャーの番号だった? クリーニングサービスであってる? よかった。お客様番号四〇四二です。とにかくすぐに洗濯されたシーツが必要なんです。ありがとう、どうも」
 完全に禁断症状の最中にある配達担当者を急かし、電話を切る。スマホを上着のポケットにしまい、ディメンシアはサー・ペンシャスに向き直った。サー・ペンシャスは胸を張り、仰々しく足下のエッギーズをディメンシアに向けて紹介する。
「ご覧あれ、エッギーズMk-2です!」
 オムツのようなもこもこのパンツを履かされたエッギーズがつぶらな目をぱちぱちさせながらディメンシアを見上げる。
「……かわいいですね」
「かわいいだけではありません!」
 サー・ペンシャスが「エッギーズ!」と号令をかけると、エッギーズがエッグの一人を担ぎ上げ、床に放る。尾を引く悲鳴を上げながら床に叩きつけられたエッグのパンツがべちゃんと床に貼り付き衝撃を吸収する。球体のエッグがごろごろ転がることもない。それを見たディメンシアは素直に感心する。
「本当にすごい。本物の発明家だったんですね、ペンシャス」
 本物の発明家、と言われたペンシャスは嬉しそうな顔を押し隠そうとし、奇妙に表情を歪ませる。ディメンシアは通りかかったチャーリーに声をかけ、手招く。人を褒めるのは自分よりチャーリーのほうがずっと上手い。
「見てください、チャーリー。ペンシャスの新しい発明品です」
 発明品、と言われたチャーリーは一瞬不安そうな顔をしたが、ディメンシアにつつかれ転んだエッグが無傷であるのを見て目を輝かせた。
「なんて素敵な発明品なの! ペニー、あなたはこのホテルの誇りよ!」
 チャーリーはサー・ペンシャスを強く抱きしめる。サー・ペンシャスは驚きと喜びを目に浮かべた。サー・ペンシャスを盛大なハグから解放してなお賛辞を連ねるチャーリーに、サー・ペンシャスは照れて尾の先をくねくねさせる。
「こんなもの、私にかかれば朝飯前です! さらに改良してエッギーズMk-3をご覧に入れましょう!」
 威勢良く宣言したサー・ペンシャスはディメンシアに顔を向ける。
「ディメンシア! あなたを私の第一助手に任命します!」
「え? 私?」
 ディメンシアの首根っこを掴み、サー・ペンシャスは意気揚々と自室に引っ込んでいく。よれよれになった襟を直すディメンシアを尻目に、サー・ペンシャスは作業台に向かい火花を散らしながらエッギーズの耐衝撃パンツの改良を始める。
「人に喜ばれる発明も、なかなかどうして悪くないものです」
 サー・ペンシャスが言うので、ディメンシアは肩を竦める。
「私は、あなたの発明品が結構好きでしたよ」
「それはどうも、あなたのオトモダチはそうでもないようでしたが」
 ディメンシアはサー・ペンシャスの手元を覗き込む。ラチェットとナット! と言われ、ディメンシアは工具箱から工具を取りサー・ペンシャスに手渡す。パンツの開発にナットが必要なのだろうか。
 サー・ペンシャスは出来上がったパンツをエッグの一人に履かせる。先程と外観は変わらないもこもこパンツを履かされたエッグを、サー・ペンシャスは両手を広げてディメンシアに見せた。
「さあ、これがエッギーズMk-3の勇姿です!」
 ディメンシアとエッグは見つめ合い、同時に首を傾げる。
「何が変わってるんです?」
 ディメンシアの問いに、サー・ペンシャスはふふんと胸を張り、エッギーズの尻のボタンを押す。
「ミサイル機能を追加しました!」
 エッギーズのパンツの裾から砲台が次々に飛び出し、指先ほどの小さなミサイルが白い煙をたなびかせながら発射される。反動で吹き飛ばされたエッグが無防備な頭を打ちそうになり、ディメンシアは慌ててエッグを抱きとめる。小さなミサイルは次々と着弾し、サー・ペンシャスの部屋の床に穴を開けた。一階のロビーにいたヴァギーが轟音とともに大穴の開いた天井を見上げ絶句する。ディメンシアは穴を覗き込み、苦笑いを浮かべてヴァギーに小さく手を振った。事態を飲み込んだヴァギーの表情がみるみる険しくなるのを見て、ディメンシアは慌てて穴の陰に隠れる。
「ペンシャス! 発明はナシって言ったわよね! ディメンシア! アンタどうして止めなかったの!」
 怒り狂うヴァギーから隠れながら、ディメンシアはスマホで修理業者の連絡先を探した。