ノッキンオンヘブンズドア



 気まずそうな半笑いを浮かべるチャーリーに呼び止められ、ディメンシアは足を止める。チャーリーはディメンシアをロビーのソファに座らせると「あー、お茶はどう? お菓子でもつまみながらお話ししない?」と言うのでディメンシアは「淹れてきます」と腰を浮かせる。チャーリーは慌ててそれを押しとどめた。
「ちがうの、やっぱりお茶はナシ! あのね、ディメンシアに相談があるの」
 チャーリーはローテーブルを挟んでディメンシアの向かいに座り、思い詰めたようにディメンシアを見つめる。ディメンシアはチャーリーの申し出を聞き首を傾げた。
「私ですか? なんでしょう」
 チャーリーは膝の上で指を絡ませ、何から話すべきか言葉を選ぶ。ディメンシアはチャーリーの睫毛が落ち着かなく瞬くのを眺めて暇を潰していた。
「あなたって、とっても素晴らしいアシスタントよね。優秀で、機転が利いて、いつも私たちを助けてくれる。アラスターだってあなたを頼りにしてるわ」
 頼りに? とディメンシアは思ったのであるが、おそらくそれは本筋ではないので黙って先を聞く。
「アシスタントとしてだけでなくて、あなたは素晴らしい友人よ。真摯で、思いやりがあって、礼儀正しくて。殺しも盗みも犯すことも、必要がなければあんまりやらないし。朝も目覚まし時計で規則正しく起きてる。誰にも出来ることじゃないわ」
「それは、ありがとうございます」
 臆面なく褒められ、ディメンシアは照れて頬を指先で掻く。それでね! とチャーリーは身を乗り出し、その勢いに気圧されたディメンシアは身をのけぞらせた。
「私、こう思うの、ディメンシアなら更正のモデルケースとして最適なんじゃないかって」
 そう言われ、ディメンシアは目を丸くする。ディメンシアの言葉を待たずにチャーリーは捲し立てる。
「もちろん、無理にとは言わないわ! このホテルにあなたの力は必要だし、あなたの考えが優先されるべき。でも、私はディメンシアなら更正して天国に行くことができると思うの。もしあなたに興味があれば、その手伝いを私たちにさせてくれないかしら?」
 ディメンシアはしばらく口を開けたまま絶句したあと、眉根を寄せて「うーん、ちょっと面白そうかも」と呟いた。チャーリーは落胆の表情を浮かべ首を横に振る。
「いいのよ、提案してみただけだから全然気にしな――なんですって!?」
 自身が提案しながらディメンシアの呆気ない返答に驚いたチャーリーはソファの上で跳ね上がった。つんのめるようにディメンシアの前に身を乗り出し、ディメンシアの両手を強く握りしめる。
「なんで? どうして? 本当に!?」
「えっ? やめたほうがいいですか?」
「いやいやいやいや! そんなことない!」
 ディメンシアは特別に天国に思い入れがあるわけではないし、地獄の生活もそれほど嫌ではない。だが新しいものと珍しいものが好きだ。
「私が更正できるなんて思わないけど、」
「あなたなら出来るわ! だって今のあなただって十分きちんとしてるもの。きっと生前の罪が尾を引いているのね、でも死後だって贖罪はできるはず!」
 チャーリーはディメンシアの手をぶんぶんと大きく振る。ディメンシアは振り回され舌を噛みそうになった。上下に大きくシェイクされ回転の弱まった脳みそで、ディメンシアはぼんやりと考える。そういえば、私にも生前の罪があるのだろうか。考えたこともなかった。
 地獄に落とされた罪人だとすれば、生前があり罪があるのだろう。だがディメンシアはそれに思い当たる節がなかった。では地獄産まれだったのか、とも考えるがその心当たりもない。輪郭の曖昧な疑問を口に出しかけたとき、背後から頭を掴まれディメンシアは短い悲鳴をあげる。
「このままではディメンシアの脳味噌がスムージーになってしまいます。まァそれはそれで大変食欲はそそられますが、ディメンシアの脳は他に使い道がある。スムージーは他の悪魔の脳味噌でいい」
 ディメンシアの背後に現れたアラスターが、ディメンシアの頭を鷲掴みにして揺れを止める。それでもチャーリーがシェイクを止めてくれないので、ディメンシアは首が折れそうになりグエと呻いた。その声を聞いてチャーリーはやっとシェイクを止める。
 ソファに座ったまま目を回すディメンシアにアラスターが「ディメンシア、コーヒーを」とキチネットの方を指し示した。ディメンシアはよろよろしながら立ち上がり、キチネットに向かう。
 アラスターはディメンシアが座っていた席に座ると、チャーリーに向けて牙を剥きだして笑みかけた。
「チャーリー、私の大切な友人を勝手に昇天させられては私は……マア全然困りはしませんけどいいキブンではありません」
 チャーリーはそれにわずかに眉をひそめる。
「それはディメンシアが決めることよ。それに……友達はああいう風にコーヒーを淹れることを命令したりしない」
 アラスターは獰猛な笑顔のままチャーリーの顔をしばらく見つめ、チャーリーは唇を引き結んで強い眼差しで見つめ返す。先に表情を崩したのはアラスターだった。アラスターは同情を買うような薄笑いを浮かべながら、不遜に自身の指先を弄びそちらに視線を注ぐ。
「ディメンシアはああ見えて若いんです。好奇心旺盛で思慮が浅いバブバブのお子ちゃま。落ちてるものはなんでも口に入れるし、動くものには飛びかかっちゃう。重大な決断をするときは賢い大人が助言しなくては。たとえば私とかですけど!」
 チャーリーは控えめにアラスターに意見する。
「助言なら、私にだってできるわ」
 私はあなたより年上だし、というチャーリーの呟きをアラスターは無視する。
「ディメンシアは罪を贖うことができません、決してね」
 ざらざらとした暗い声音でアラスターは囁く。チャーリーはノイズ混じりのそれを耳にして表情を強張らせた。
「そんなの分からないじゃない……」
「アッハァ! 分かりますよぉ! 私はあなたの革新的で画期的でユニークな試みを心から応援しています。だからディメンシアのことであなたの大切な時間が浪費されることは、支配人として見過ごせませェん。いいですね?」
 明るいが有無を言わさぬ口ぶりだった。チャーリーは一瞬唇を噛んだが、すぐに「いい考えがある」とばかりに笑顔を見せる。
「分かった。でも私がプライベートの時間にディメンシアに協力するなら、あなたに止められる謂われはないわよね?」
 チャーリーの提案にアラスターはわずかに表情を引きつらせたが、ふーと細く息を漏らし「ま、いいでしょう。無駄な取り組みですが、余暇は自由に過ごすべきだ」と大げさに肩を竦めて見せた。
 チャーリーはコーヒーを二つ運んできたディメンシアを抱きしめる。
「目指せ天国! がんばりましょ!」
 ディメンシアは手に熱いコーヒーをこぼして悲鳴をあげた。