ようこそライブラへ!※拍手再録
【ようこそライブラへ クラウス】
名目、新人の歓迎会となっている酒宴の席ではあるが、そのゲスト本人が会場に着く頃には宴もたけなわといった様相である。スティーブンが笑顔で出迎える。
「悪いね、皆、お祭り騒ぎが好きで」
「構いませんよ、静かな会場でスピーチをさせられるよりずっと良いですから」
スティーブンはその体躯でひときわ目立つクラウスに声をかけた。
「クラウス、彼女が件のーー」
「ああ、貴女の戦いぶりは見せてもらった。共に闘えることを誇りに思う」
「こちらこそ、貴方のおかげで自分の限界を知らずに済みました。まだ死なずに済んでいます」
「興味深い体質だ」
「まったくです。ーーああ、そういえば、ツェッドの水槽のある部屋の観葉植物は貴方が世話をしていると聞きました」
「なにぶん素人仕事で恥ずかしいが……」
「素敵な箱庭です。あなたの人となりが伺えるようでした」
「ありがとう。ーーあらためて、これからよろしく」
差し出された大きな手を握ると、クラウスの金色の瞳に見つめられる。
「血界の眷属に対抗しうる拳には見えない小さく可憐な手だ。この手に頼らざるを得ない不甲斐ない私を、どうか許してくれ」
「い、いえ、そ、んな…………」
それでは、とクラウスは去っていく。頬を赤くして「あんなこと言われたの初めてで……」と小さく呟くのが聞こえて、スティーブンは苦笑気味に「あれで素面なんだ」と答えた。
【ようこそライブラへ パトリックとニーカ】
あとはツェッドに紹介してもらうといい、と投げ出されたので、会場に青い肌を探す。
すでに飲んでいるツェッドと同じテーブルに、サングラスをした非常な大男と、小柄な女性が座っていた。
ツェッド、と声をかけると、ツェッドはいつもよりやや赤みを帯びた顔を上げた。
「ああ、ちょうどよかった。こちらはパトリックと、助手のニーカ。彼らにかかれば手に入らない武器はない、ライブラの武器庫です」
「おう、おまえさんのことは聞いてるぞ。体がぶっ壊れても平気なんだって? いやぁ実は、強力なんだが、強力すぎて人類に扱いきれねぇ武器が結構あってな。在庫処理がてら試してみねぇか!」
「…………扱いきれなさによるのですが」
「まあ色々あって、最悪膝から上がミンチ」
「……いやぁ、さすがにそれは。死ぬ可能性があるうえに、人より多少丈夫でも痛覚は人並みなのでちょっとイヤですね」
「じゃあ、肩が外れるのはどうだ」
「まあ、それくらいなら」
「よっしゃ! 今度見繕ってやる」
決まりかけた話にツェッドが「怪我をしない武器にしてください!」と悲鳴をあげた。
【ようこそライブラへ K.K.とチェイン】
ツェッドはあたりをぐるりと見渡し、ちょうどK.K.とチェインが談笑しているのを見かけた。
声をかけると、ツェッドの隣に立つ見慣れぬ顔に、各々好き勝手な反応をした。チェインは勝手に探りを入れた後ろめたさからなのか気まずそうな顔をし、K.K.は酔っているのか「あらやだ! この子が噂の恋人ちゃんね!」と声をあげる。
ツェッドは呆れ気味に首を振る。
「違いますよ」
「K.K.にチェイン、で当たっていますか? お話はかねがね」
「あらやだ! なんて?」
そうK.K.に詰め寄られても曖昧に笑んでかわす姿を見て、ツェッドはおやと不審に思う。
「どうしたんですか、随分と大人しい」
いつもならば、あいさつに冗句に皮肉といらないことまで喋りそうなものだが。
「いや、ちょっと……」
「どうしたんです?」
「小さいときに、友達の女の子の手首をドアノブみたいに千切っちゃって、いまだに小柄だったり華奢だったりする女性に接するのがちょっと苦手なんだよね……」
その言葉を聞いたツェッドは顔を引きつらせて、千切っちゃった……? と反復し、チェインはごく真面目な顔で「ドアノブもそう簡単に千切れるものじゃないと思うけど」と呟いた。
「だいじょーぶよ、はい、よろしく」
K.K.に差し出された手を、おずおずと握る。ぶんぶんと大きく手を上下に振られた。
【ようこそライブラへ レオとザップ】
食事の皿を片手に回るレオを見つけて、ツェッドは「レオくん」と声をかけた。レオはぱっと顔を上げ、ツェッドの姿を見とめると、慌てて口の中のものを嚥下した。
「ツェッドさん!」
傍の見知らぬ女に、あ、と小さく声を漏らす。
「はじめまして、レオナルド・ウォッチです。レオでいいです」
「よろしく、レオ」
まじまじと顔を見られ、困惑する。なまじ目が良いという話は聞いていたものだから、何か見えているのだろうかと不安になった。
「……何か?」
「い、いえっ、あのっ、ツェッドさんがあなたのこと、奇行種だって言ってたから……!」
「……君、そんなこと言ってたのか」
「ぴったりでしょう」
レオは慌てて割って入る。
「でも、普通の人で、良かったって……。ここ、変な人しかいませんから」
答えようとしたところで、背後からどつかれ息がつまった。褐色の腕が肩に回される。
「おーぅ、新入り」
レオがあーぁという顔をし、ツェッドは露骨にーー少々わかりにくいがーー不快そうな顔をする。
「魚類なんかより俺にしとけって。ブツも人間仕様だから、魚類のブツよりしっくりくるだろ」
「うわエグい。シャレになりませんよザップさん」
「本当に下衆ですね」
一斉放火を浴びたザップがうるせぇとクダを巻く。
「新入り、俺はこの2人みてぇにヌルくねぇからな。先輩としてビシバシいくから覚悟しとけよ」
「……はぁ」
「返事に覇気がねぇぞ! よし、おめー、ちょっと芸しろ。一発芸」
そう言うザップにレオは「うわ面倒くさいセンパイだ」と呆れ顔をし、ツェッドは肩やら腰に手を這わせるザップを引きはがそうとする。
あ、と人差し指を立てた。
「一つあるよ。手品なんだけど」
「やってみろ新入り!」
「では、ちょっと失礼」
ザップの胸ポケットに手を入れ、一枚コインを拝借する。それを指先でくるくると弄んだ。
「ここにある一枚のコイン。種も仕掛けもありません」
コインの裏表をザップによく見せて、コインを両手の指先でつまむと、ザップの目の前に掲げる。
「ですが、これが二枚のコインになります」
と、言うと、コインをまるで粘土細工のように二つに引き裂いた。
ゥワー!? とレオから悲鳴が上がり、ツェッドはハァと溜息をつく。
「そんな腕力にものを言わせるだけの手品がありますか」
「ダメかな? 異界人には結構ウケたんだけど」
ザップだけが、俺の全財産が……と悲嘆に暮れていた。