反面教師がすぎる



 己の部屋の前が妙に騒がしいので、蛍火は書き物の手を止めて障子戸を開けた。
 補習を受けていたはずの乱太郎、きり丸、しんべヱと、それから二年生の池田三郎次と能勢久作が何か言い合いをしている。いや、言い合いというよりも、二年生が一方的に一年生をからかっているようだ。
 このままそっと部屋に戻ってしまおうかと思った蛍火を、しんべヱが目敏く見つける。

「あ! 蛍火せんせー! 先生からもなんとかおっしゃってください!」

 もっちりとした手をぶんぶんと振られ、蛍火は渋々濡れ縁を下りた。

「なんとかと言ったって、一体どういう経緯で揉めてるの?」

 蛍火が問うと、乱太郎ときり丸も口々に訴える。

「池田三郎次先輩が、僕達を学園始まって以来のアホって言うんです!」
「このままじゃ進級出来ないなんて言うんですよ! ひどい言い草ですよね!」

 蛍火は訴えを聞き、うーんと首をひねる。

「然りじゃない?」
「蛍火先生、ひどい!!」

 しんべヱが鼻水混じりに言う。きり丸も首を大きく振った。

「蛍火先生、一年は組の教生なのに、おれたちへの愛がたりてないっすよ!」
「愛はあるよ。贔屓はしないけどね」

 蛍火は纏わり付く三人に手で「離れろ」と合図をする。

「とりあえず、君らは補習中なのだから戻りなさい」

 えー、と三人が不満の声を上げる。なだめすかされ修練場の方へ戻っていく三人を見送り、蛍火は二年生の二人組の方へ向き直った。さすがに二人とも気まずげに視線を彷徨わせている。

「さて、」

 蛍火が言うと、三郎次と久作は肩を竦めた。

「乱太郎、きり丸、しんべヱが素直で可愛くてついついからかっちゃうのは分かるけど――」
「そっ、そんなんじゃありません!!!」

 蛍火の言葉を三郎次は遮る。久作も顔を真っ赤にして首をぶんぶんと縦に振った。

「そうなの?」

 蛍火はちらりと二人を見る。三郎次はそうだと力強く頷く。

「別にいいけど。あの子らも二年生の君らを手本にしているのだから、君らがしっかりしていないと一年生はいつまでたってもへろへろのままだよ」
「蛍火先生、あいつらのことへろへろだと思ってたんですね」

 久作に言われ、蛍火は一瞬動きを止める。それから、うん、と頷いた。

「教生にまでそんなことを思われてるなんて……」
「あいつら、さすがにちょっと可哀想」
「あれ、私が悪者のパターン?」

 納得のいかぬ話の流れである。蛍火は耳に髪をかける。

「まあ、うん、年長者らしくね、手本になってやってよ」

 蛍火が投げやりにそう言うと、三郎次が手を挙げた。

「蛍火先生、蛍火先生も年長者ですが、手本にはならないんですか?」

 蛍火は「いい質問だね」と三郎次の眉間のあたりを指差す。

「私のような大人になっては困るから、君らが手本になってほしい」
「なんですか、それ」
「いい歳して結婚もせず、まともな就職もできず、ふらふらしてるような人間だよ、私は」

 どれだけ親を泣かせたと思ってるんだ、と蛍火は胸を張る。三郎次と久作は目を見合わせあった。






 後日、乱太郎、きり丸、しんべヱがひどく神妙な顔で蛍火のもとを訪ねてきた。

「蛍火先生、なんだか最近、池田三郎次先輩と能勢久作先輩が妙に優しいんです……」
「今日は、宿題を教えてくれるって……」
「気味が悪くて……」

 蛍火は「それはそれでなんだか腹立たしい」と独りごちた。