同情するなら仕事をくれ
先日、部屋点検の前に蛍火に部屋の掃除を手伝ってもらった団蔵が「何かお礼をします」と申し出ると、蛍火は少し考えて「じゃあ、前庭の掃除を手伝ってもらおうかな。掃除の恩は掃除で返してもらうよ」と言った。
そういうわけで、団蔵は前庭を掃き清める蛍火の後をついて回り、集めそこねた塵を拾っていく。
なかなかどうして、これが厄介である。風が吹けばどこからともなく枝葉が飛んでくるし、何しろ蛍火はあまり掃除が得意ではない。団蔵が掃き残しを指摘しては、蛍火が戻って掃き直す。その間に誰かが庭を通ったりすれば埃がたってしまう。
「前庭の掃き掃除って、不毛だよねえ」
蛍火は箒にもたれながらぼんやりとそう言った。
「もう終わりにしてもいいかな?」
「いやいや、もうちょっとだけ頑張りましょうよ」
どちらが先生か分かったものではない。
蛍火は眉尻を下げて「団蔵に言われるとは」と笑う。何か言い返そうかと思ったが、事実自室は前庭や蛍火の部屋より余程汚いので何も言えない。
そのとき、塀の向こうから気合を込める声とともに馬影が飛び込んできた。掃き清めたばかりの前庭にもうもうと土埃が舞い、あろうことかその馬はひと仕事終えたとばかりに糞をする。
もりもりと山になったボロを見て、団蔵は悲鳴を上げた。
「清八!」
「どうもです、若旦那」
「なんで今来るんだよ!」
「えっ?」
忍術学園に訪れて団蔵に歓迎されなかったことはない清八が目を丸くする。
塀を馬で飛び越えるという離れ業を見て、箒を持ったまま唖然としていた蛍火も、はっとして地面のボロ山を見下ろす。その視線を追って、清八も慌てた。
「ああ、すみません! お掃除中だったんですね!」
フンはきちんと持ち帰りますんで! と、どこかの公園の立て看板のようなことを言う。恐縮しきっていた清八だが、蛍火の顔を見て「……あれ」と呟いた。
「蛍火さんじゃないですか」
問われた蛍火の方が狼狽した。それから蛍火は清八の顔をまじまじと見つめる。
「え、ええ……あ、清八殿ではありませんか」
はい! と清八はにこやかに笑う。
「お久しぶりです、お元気そうで何よりです。それにしても、どうして忍術学園に? 用心棒はやめたんですか?」
「清八殿こそ変わらぬ御様子。こちらも相変わらず、流れものの用心棒稼業ですよ」
今はわけあって忍術学園の教生です、と微笑む蛍火に清八は何か聞きたげだったが、何も言わずに頷いた。それから話を続ける。
「ああ、そういえば。あのあと、火縄銃はどうなったんです? やっぱり壊れちゃったんですか?」
「銃身が歪んでしまいました。せんせいには死ぬほど呆れられましたけど、荷と命が無事だったのでお咎め無しです」
蛍火が肩を竦めながら言うと、清八がああやっぱり! と笑った。
それを傍で見ていた団蔵は内心面白くない。団蔵は蛍火に、清八が村の若い衆で一番馬の扱いが上手くて、仕事では皆に頼りにされていると紹介したかった。清八に、蛍火が妙な経緯で学園に来た不思議な教生であることを教えたかった。
だというのに、どうやら二人は顔見知りらしく、おまけに団蔵の知らない話を楽しそうに話している。
それが、どうにも、面白くない。
団蔵は楽しげに話す二人の間に割り入るようにして、ボロ掃除を始めた。
「あ、若旦那、わたしが片付けますよ!」
慌てる清八にむっつりと首を振る。
「いいよ、清八は蛍火先生と話してて」
意図したよりも口調が素っ気ないものになり、団蔵はふいと顔を背けた。
「ごみ、捨ててくる」
ぽつりと言い残し、足早にごみ捨て場に向かう。
清八が何か言うのを振り切るようにして、黙って俯きながら歩く。さり、さり、と小さな足音が、少し離れて付いてきた。その足音は付かず離れずついてきたが、団蔵がごみ捨て場にちりとりの中身を捨て終え振り返ると、蛍火が困ったように笑って団蔵を見下ろしていた。
「捨て忘れ」
蛍火は木の枝をぽいとごみ捨て場に放る。
叱られるのでは、と身構えていた団蔵は拍子抜けてぼんやりと蛍火を見つめた。その視線を受けて、蛍火は苦笑する。
「清八殿は良い人だよ」
蛍火が言うので、団蔵は黙ったまま小さく頷いた。それを見た蛍火は指先で頬をかく。
「普通ね、雇われの用心棒なんて、みんな覚えてないんだよ。まあ、私は、目立つ風体だから印象に残るんだけど」
「ああ、蛍火先生、女の人なのに背が――」
「団蔵、それ以上は言わなくていい」
蛍火の手が団蔵の口を塞いだ。むぐ、と団蔵は呻く。団蔵は顔から蛍火の手を引き剥がして尋ねた。
「蛍火先生、清八のこと知ってたんですか?」
「うん、照星師が加藤村に雇われてたから。そのときに色々良くしてくれて」
「あ、そうか。そうでした」
「まさか、そこの息子さんとこんなところで会うとは思ってなかったけど」
世界って狭いよねえ、と蛍火はちりとりをぷらぷらと振り回す。ちりとりに貼りついていた塵が舞い散り、団蔵はのけぞってそれを避けた。
「団蔵には、清八殿みたいな良い男になってほしいな」
蛍火は言う。団蔵は目を伏せた。
「清八殿みたいな良い男になって、私を良い条件で雇ってほしい」
「後半の本音がすごい!」
「荷守、狙撃のご用命は佐武鉄砲隊へ、予約時に蛍火をご指名ください」
「こんなところで営業されても……」
団蔵と蛍火は顔を見合わせて笑ったが、団蔵の脳裏にはたと疑問が浮かぶ。
「蛍火先生」
「どうしたの?」
「もし、おれが大きくなって、蛍火先生を雇ったら、蛍火先生はおれを団蔵殿って呼びますか?」
「呼ぶよ。雇い主だからね」
あっさりと蛍火は首肯する。それは、すごく、いいなあと思った。
「じゃあ、今、一回だけ呼んでくれませんか?」
「えー、やだ」
「お願いします!」
そうだなあ、と蛍火は顎に手をやりしばし考えていたが、はたと何か思いついた様子でにっと笑う。
「清八殿にきちんと挨拶が出来るなら、一度だけ呼んでやろうかな」
「あ……」
言葉に詰まる団蔵に、蛍火は視線を合わせて屈んだ。
「いいですか、団蔵殿。一言だけで、きっと清八殿は分かってくださいます」
ね、と蛍火は団蔵の肩を二度叩くと、のんびりと立ち上がった。
「さて、清八殿が帰る前に私も一言挨拶しないと」
「次もよろしくって?」
「そうそう」
団蔵は先程までの不機嫌が嘘のように清八の方に駆け出す。早く大人になって、清八とも真正面からやり取りできるような男になりたいと思った。