陰夜双瞳【一】



 何某家といえばかつては正五位下、兵部大輔まで務めた殿上人の血筋である。しかし時代が下り、血筋や家格やそういったものではなく純粋に力が物を言うようになるに従い、何某家は次第に周囲への影響力を失っていった。
 お上から直々に賜った領地を、どこの馬の骨とも知れぬ侍連中にかじり取られながらじりじりと死んでいくはずであったお家を再興したのが、武者公卿と呼び称される現当主の何某弾正少弼垂其である。

 照星は、軍議に列席する面々を末席から眺めた。本来軍議に参加して然るべき侍大将供に混ざって、照星をはじめとして風体の宜しからざる男の姿もある。
 弾正は公家の出ではあるが、自ら槍を取り一番駆けをするような武辺者で、軍議にも気心の知れた者だけでなく傭兵隊長や草の者まで並ばせた。勿論、内々だけでの機密談義はあるのだろう。だから、これは、弾正自ら各隊に睨みを効かせる場であるのだ。
 そのとき、すうと障子戸が開けられ、滑るように弾正が板間を踏んだ。身の丈は六尺をゆうに超え、牡牛の如く頑健な体つきをしている。立ち居振る舞いは堂々としていて、その場にいるだけで他者を圧倒する。だが、足音はさせず、ひどく優雅な動作で円座に座った。
 室内にぴりぴりとした空気が満ちる。弾正は口の立つ太鼓持ちよりも武を以て語る男を好み、優れた武辺者はたとえ照星のような得体の知れぬ流れ者でも高待遇を以て迎えた。一方で寄騎の裏切りや寝返りを決して許さない苛烈な男でもあった。先日も先代から仕えた寄騎が敵国と通じていると一太刀で切り捨てたということもあり、室内の空気は緊張で張り詰める
 その弾正の大きな背の後ろを、小さな少年が一人静々とついて歩く。元服も済んでいない童形水干の侍童である。少年は弾正の後ろに控えて、ぺたりと床に座った。
 空気が一層緊張したのを感じて、照星ははてと訝しむ。居並ぶ男達は、獅子の如き弾正よりも、娘のように優しげな顔をした少年の方を恐れているように感じられた。
 それから、巷の噂を思い出す。弾正は側室の産んだ末の姫を目に入れても痛くないほど愛でており戦場にさえ連れて行く。というのも、姫は悪心を見抜く不思議な力を持っており、嘘や裏切りを見通して弾正に告げるのだと。
 あれが、と照星は顔を伏せたまま、侍童の姿を上目に窺う。
 少年の姿をさせられた少女は、黒い目を静かに列席者に向けていた。伏せられがちな顔はまだ個性よりも幼気さが勝っている。だというのにその目は、深々として人の心を覗いているというのだ。
 少女の視線が、ゆるりと照星の方に向けられる。子供らしい桃色の唇が、ふっと笑みめいたものを浮かべた。照星は目を逸らす。見ていたことを、気付かれたであろうか。悪心があるなどと進言されては堪らない。
 面を上げよ、と号令が下り、照星が顔を上げる頃には、少女は白い顔をぼうと中空に向けていた。