陰夜双瞳【六】



 念持仏と呼ぶにはあまりに豪奢なそれを前に題目を諳んじながら、弾正は一心に感謝を捧げていた。
 此度の戦も大過なく、先祖代々の領地を押し広げることができた。一族郎党に死者や大怪我をした者もおらず、これもあつい御加護あってのことであろう。
 ふ、と末の娘のことが思われた。妙吉祥菩薩の加護を一身に享けたあの娘を、果たして他家に嫁がせていいものであろうか。
 あの力を、みすみす手放すことはあまりに惜しい。病を得たと偽り一生舘に閉じ込めその力を搾り取ることも出来る。だが、そこまで非情になれずにもいた。
 何某家の再興に遣わされたものだと、再興成った今あの娘の目を奪ってしまうことも考えられた。あれを他家に渡すのは、火種をばら撒くのにも等しい。
 しかし目を失った娘を有力な領主に嫁がせるのは難しい。子の少ない何某家では、弾正の実子は強力な手札でもある。
 弾正は娘を愛していた。だが同時にその目を恐ろしくも思っていた。肉親としての情と、為政者としての非情が競り合う。人並みに幸福になるよう世話をしてやりたい気持ちと、どこへなりと放り捨ててしまいたい気持ちがせめぎあう。
 邪念である。弾正は念珠を強く握った。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、口ずさみ、ふと目を開ける。

「おもうさん」

 幼い顔が弾正を覗き込んだ。

「お聞きしとうことがおざります」

 弾正はそれを聞いていなかった。祈りを捧げ、目を開けて、一番最初に目にしたもの――。男の言葉がぐるぐると脳裏を巡る。
 弾正は娘の小さな体を抱き寄せる。背に垂らされた黒い髪をするりと撫でた。

「これも御仏の御導きであろうか」

 誰に言うでもなく呟くと、燈明皿の火がぼうと揺れた。