陰夜双瞳【終】
なだらかな丘から城が見えた。末の姫を亡くした城は、皆が喪に服しているためか冷え冷えと聳え立っているようだ。
照星の背後を、少女が黙々と付いて歩いた。歩くことには慣れていないだろうに、弱音も吐かず、嫌な顔一つしない。髪を切られ、着物も古着を解いたものを着せられているというのに、貴婦人めいて超然と前だけを見る。
持たせられた道具類は、すぐに金に換えられるものは処分した。残りは、目を白黒させるばかりの屋敷の主人とその奥方に迷惑料と口止め料として置いてきた。
市場で揃えた旅装束の一揃え。それから、当座の食料。つい先日まで乳母と侍女を引き連れ、錦に包まれた姫君の荷物はそれきりである。
遥か彼方の城門から、ささやかな葬送行列がつらつらと出てくる。遠目に見れば玩具のようである。
空の棺が運ばれていくのを見て、照星は背後の少女に声をかけた。
「見なさい、おまえが葬られている」
少女は静かに顔をそちらに向ける。ほう、と嘆息が聞こえた。
「小寿々殿が死んでおる」
独り言のようにそう言った。
「蛍火」
照星が言うと、少女は訝しげな視線を照星に向けた。
「そう呼ぶことにした。呼ばれたら必ず返事をしなさい」
「左様であらしゃりますか」
格好こそ旅人の子供と変わらぬが、この言葉遣いだけはどうにもならない。照星は肩をすくめると、その場に膝を付いた。
「どうなされた」
「おぶってやる。おいで」
蛍火は、泰然としていた顔を困惑に歪ませた。
「知らないのか?」
「……分かりませぬ」
ひどく悔しそうに、俯きながら蛍火は言った。照星は忍び笑いながら、蛍火を荷ごと背負い上げる。小さな悲鳴を蛍火は飲み込んだ。
「山を越えるまで急ぐ。おまえの足を待ってはいられない。山を越えたら馬を借りよう」
「う、馬など乗れませぬ」
「後ろにくっついていればいい。いずれそれも教えてやる。だが、まずは、その言葉をどうにかせねばな」
蛍火の手が、きゅうと不安げに照星の胸元を掴む。手首に絡まる念珠が、ふわりと芳香を放った。
「礼を失しておざりますか」
「いや、丁重すぎる」
むう、と蛍火が小さく呻く声がした。照星は小さくなっていく葬列を見送りながら、蛍火を揺すり上げた。
「一度死んだ気分はどうだ」
「難しいことを問わらしゃる」
「そうか。ならば、死んで、やりたいことはあるか」
照星の言葉に、蛍火はふっと黙り込んだ。首筋に浅い息だけがかかる。
「狩りがしてみとうおざります」
ああ、と照星は吐息のように答える。
「それは、大分先のことになるな」