曙光の赫【二】



 久方ぶりに会う旧知の姿に、雑渡は包帯の下の爛れた皮膚を引き攣らせて目を細めた。客間に通されていた照星は、現れた雑渡の包帯だらけの姿に、すいと眉を上げる。

「照星じゃないか。見舞いに来てくれるとは思わなかった」
「まさかおまえが死にかけていたとは思わなかった」

 樫の木の杖でとんと床板を叩いて雑渡は笑うと、照星の向かいに座った。死にかけたせいか、変わらぬ奇妙な面相が妙に懐かしく感じられる。

「なんだその包帯は。物の怪じみているな」
「外せばもっと物の怪じみる」
「似合いだろう。中身に外見が釣り合ったか」

 雑渡はひとしきり笑うと、照星の傍らに座る子供に視線をやる。落ち着いた様子だが、おそらく歳の頃は十二、三であろうかとあたりをつけた。

「積もる話はあるし、どうして急に来たのか理由も尋ねたいところだが、夜も遅い。で、一つだけ聞くが、その子は?」

 急に話を振られた蛍火はにこりと笑んで手を付いた。照星はその様子をちらと見る。

「弟子だ。蛍火と呼んでいる」

 片方だけ覗いた目がわざとらしく広げられた。

「弟子! おまえがそんなものを抱えるとは思わなかった!」
「成り行きだ」
「ふうん、どこの子だ。どうして連れてきた」

 雑渡が軽く探りを入れると、照星にじろりと睨まれる。

「詮索するな」

 照星の素っ気ない言葉に、雑渡は肩を竦めて見せた。
 百姓の子にしては躾が行き届いている。食うや食わずの貧しい子を預かっているとも思えない。とはいえ、真っ当な家で誰が子供を流れ者の狙撃手に預けようと思うだろう。それも、少女を。
 何もかも食い違っている。

「詮索したくもなる。そんな可愛いお嬢さんどこで拐ってきた」

 それを照星は黙殺した。雑渡は蛍火に膝で躙り寄る。奇怪な己の容貌にちらとも狼狽を見せない。目が見えないか、鈍いか、あるいはそういう訓練を受けているか。あの照星と行動を共にしているだけで、奇貌への耐性はつくだろうが。

「やあ、蛍火。私は雑渡昆奈門。照星の親友だよ」

 親友、という言葉に照星は顔を顰める。雑渡はそれを無視して蛍火に笑みかけた。蛍火はそれを受け、にこにこと微笑む。

「蛍火と申します。師匠の御友人にお会い出来てとても光栄です」

 きちんと揃えた手を床について頭を下げる蛍火に、雑渡は感嘆の息を吐く。

「かわいいねえ。私も女の子の部下を持つかな」

 訛はこのあたりよりもう少し西の方の出を窺わせるが、確かなことは言えない。ゆったりと明瞭な話し方と言葉の選び方は、育ちの良さを物語っている。
 
「詮索するなと言っている」
「怖いなあ、してないだろう」

 雑渡は「ねえ」と蛍火に言う。蛍火は困ったように眉尻を下げて首を傾げた。
 雑渡は杖を頼りに立ち上がる。欠伸を一つ噛み殺した。

「水を用意させよう。今日は行水だけど、蛍火、この里からもう少し山の方に行くと湯が湧いている。明日にでも浸かっておいで」

 ありがとうございます、と蛍火は頭を下げる。

「尊奈門、部屋に案内してやってくれ。それから、水と着替えを用意しなさい」
「は、はい!」

 廊下で控えながら居眠りしかけていた尊奈門は、急に名前を呼ばれてはっと顔を上げる。目をこすって引き戸を開けた。

「失礼します!」

 ふと尊奈門は照星の背後に立つ子供に気を取られる。薄汚れた筒袖に裁付袴。前髪の下から覗く黒目がちな双眸が印象的だった。女みたいな顔をした奴だな、と尊奈門は思う。

「私は昆奈門と少し話したいことがある。先に行っていなさい」

 言われた蛍火は尊奈門の方に歩み寄る。尊奈門は蛍火の顔を無遠慮に見つめた。膝を揃えて立ち上がり、するするとこちらに寄ってくる様子は妙に女々しい。

「女みたいな奴だ」

 廊下に出て、大人達の目がなくなったときに尊奈門がぽつりと言う。背後の蛍火は、ついて来ているのかいないのか、足音もしない。それなのに、ふふふと小さな笑い声が思いの外近いものだから、尊奈門は肩を跳ねさせる。

「なんだよ」
「女に見える?」

 細められた目が尊奈門を見つめる。立ち並んで歩けば、思いの外背が高かった。同い年くらいだと思っていたが、もしかすると、歳上なのかもしれない。

「なよなよしていて、弱そうだ」

 思いきり馬鹿にしてやったつもりなのににこにこと笑うばかりの蛍火に、尊奈門はむっとした。

「女だもの」

 囁くような小さな声でそう言われ、尊奈門はしまったと思った。それをおくびにも出さず、むっつりと頷く。

「そうかよ」

 それだけ答えると、空き部屋にの戸を開ける。掃除が行き届いていないが、致し方あるまい。

「水と着替えを持ってくる」
「ありがとう」

 男に間違えられたことに気分を害した様子もなく、にこやかにそう言うので、尊奈門はどうしてかひどく恥ずかしくなった。