バイトするならこういう具合にしやしゃんせ



 書庫で書類の整理をしていた蛍火にきり丸が「蛍火せんせ〜」と揉み手をしながらすり寄る。それを見た蛍火は露骨に渋い顔をした。きり丸は作り笑いを浮かべながら蛍火の前に立つ。
「蛍火先生、以前、おれのアルバイトを手伝ってくれるっておっしゃってましたよねえ?」
「……言った気がする」
「勝ち戦の宴のアルバイトが入ってぇ、かなり割がいいんですよぉ、蛍火せんせぇ」
 蛍火は書類を棚にしまいながら首を傾げた。宴のアルバイトである。男や子供よりも、妙齢の女性である蛍火のほうが適任だろうと思った。無論、きり丸も町娘の格好で面接に臨む予定である。
「宴のアルバイトねえ……いったい何するの?」
「そりゃあ、ごちそうの準備とか、給仕とか」
「そういうのは全然勝手が分からないんだけどなあ」
 蛍火は人のよさそうな眉を下げる。きり丸は呆れて肩をすくめた。
「分からないってこたないでしょう」
 だってぇ、と蛍火は唇を尖らせる。
「そんなの師匠も教えてくれなかったし」
 はァ? ときり丸は片眉を上げる。あの不気味な面相で火縄銃の名手である照星が宴のアルバイトをすることはないだろう。想像するとちょっと面白いが。
 きり丸は蛍火に一歩近寄り、滔々と説き伏せようとする。
「そうは言ったって、母ちゃんがやってるのとか見たことあるでしょ」
「お母さん? どうしてお母さん?」
 蛍火は怪訝そうに眉をひそめる。きり丸は慌てて胸の前で手を振った。
「いやあ、そりゃあ今日日、ごちそうの準備を母親がやるとは限らないでしょうけど、室町末期が舞台なんだから仕方ないじゃないですか、大目に見てくださいよ」
 きり丸の弁明に蛍火は一層怪訝な顔をした。
「お母さんは料理も給仕もしないよ、それは下人のやることでしょう」
「うお、エグめの封建制度ジョーク、ちょっと笑えないまでありますって」
 絶句するきり丸に蛍火は情けない表情をして「ジョークではないんだけど」と言う。きり丸は目を丸くした。
「え、じゃあ蛍火先生、飯炊きできないんすか」
「したことないかも」
「マジすか? 給仕は?」
「あ、焼いた山鳥を師匠に切り分けるのはよくやってた」
「ないってことですね」
 それを聞いたきり丸は額に手をやり天井を仰ぐ。
「蛍火先生、そんなんじゃ城に潜入するとき困りますよ! いい機会だから社会勉強しましょうよ!」
 きり丸はそう言ってなかば強引に蛍火にアルバイトの約束を取りつけた。蛍火は最後まで「別に城に潜入なんてしないし……」とぶつぶつ言っていた。

 *

 当日、揃いのお仕着せを着せられ城の門前に集められたアルバイト達の中に、きり丸と蛍火はいた。歴の長そうな年配の女が、集められたアルバイト達にてきぱきと仕事を割り振っていく。蛍火ときり丸は「そのへんのアルバイトさんたちは炊事場でごちそうの準備に合流して」と言われ、他の者たちとともにぞろぞろと炊事場に移動した。
 炊事場は煮炊きの煙と食べ物の香りで満ちていた。しんべヱなどがいればうっとりと涎を垂らしていただろう。蛍火は忙しそうに立ち働く女たちに「あのう、今日入ったアルバイトなんですけど、私は何をすれば……」と問う。額に汗をにじませながら猛然とネギを刻んでいた女が、蛍火にずいと火吹き竹を差し出した。
「これでそこの竃の火を見といとくれ」
 蛍火は素直に微笑み「任せてください」とそれを受け取る。それを見たきり丸は「竃の番くらいは出来るのか」とほっとしたが、蛍火はその場できり丸に「それで、竃を見るってどうすればいい?」と尋ねてきた。きり丸はやや呆れたが、教生である蛍火に物を聞かれて悪い気分はしない。
「竃の鉄釡で米を茹でるので、火を強くしてお湯をどんどん沸かしてください」
 きり丸が言うと、蛍火は竃の前に胡坐をかき、竹筒で火に息を吹きかける。さすがに火の扱いは手慣れていた。あっという間に火が大きくなり、沸いた湯の中で米が踊る。
「蛍火先生、上手いじゃないですか」
「やればできるものだね」
「どうですか、またこういうアルバイトは」
「ま、暇なときは」
 その返答を聞いてきり丸は「へへへ」と笑った。乱太郎やしんべヱを連れてくるより働きぶりがいい。また次も頼もうと考えていると、ネギを切っていた女が蛍火を呼びたてた。蛍火が女の傍に立つと、女はお膳を蛍火に持たせる。
「それを宴会場に運んでおくれ、あんたの妹も一緒にそれを持って」
 女はきり丸の方を見ながら調理台の上のお膳を指さす。妹というのはどうやらきり丸のことらしい。お膳の上には酒で満たされた瓶子がいくつか載っていた。
「酒を置いてきたら、空の瓶子を持って帰っておいで」
 言うなり二人は「さあさあ早く早く」と炊事場を追い出される。きり丸は蛍火の後を追って幔幕で囲われた宴席に向かった。宴席に足を踏み入れようとした瞬間、ドカンという破裂音が響いた。きり丸はてっきり蛍火が必要もないのに懐に山ほど入れている早合が何かの拍子に暴発したのかと思ったのであるが、そういうわけでもないらしい。
 蛍火は涼しい顔をして幔幕を押し広げる。宴席の真ん中に侍が一人、火縄銃を片手に立っていた。宴席の端にある松の木に括られた的に向けて弾丸を放った直後のようだ。さっきの爆発音は火縄銃の発射音だろう。
 弾丸は的の背後の松の木肌に当たっている。侍は悔しそうに首を横に振った。宴席の余興で火縄銃での的当てをしているらしい。上座に座ったひときわ豪奢な衣装の男が「的の真ん中を打ちぬいた者には褒美を取らすぞ!」と言った。
 きり丸は目を輝かせて蛍火の袖を引っ張る。
「蛍火先生、褒美だってよ!」
「ダメだ」
「なんでですか、蛍火先生ならあんな的、簡単に当てられるでしょ!」
「ダメなものはダーメ、見世物じゃない」
「そんなこと言わずぅ、お願いしますってぇ」
 おねがぁい、と上目遣いに蛍火を見るきり丸に、蛍火は青い顔をした。
「ダメ、私の頭の中のイマジナリー照星師が我々の炮術は曲芸ではないって言って怒ってる」
「蛍火先生の頭の中のイマジナリー照星さん?」
 何言ってんすか? ときり丸は眉をひそめた。これでは埒が開かぬと蛍火の制止を潜り抜け、無礼を承知で侍大将に耳打ちした。
「お侍様、あそこにいる私の姉に、一度撃たせてくれませんか」
「なんと、あのようなぽへーっとしたお嬢さんが火縄銃を? よしなさいよしなさい、危険すぎる」
 侍大将の傍らにいた男がそう言って首を横に振った。きり丸が「私の姉は火縄銃がとーっても上手なんですぅ」としなを作ると、すっかり出来上がっていた侍大将は膝を打って笑った。
「面白い挑戦者ではないか! やってみよ!」
「と、殿……」
 狼狽える側近を無視して侍大将は笑いながら蛍火に火縄銃を持たせた。蛍火は青い顔をしているが、それは周囲が思うように火縄銃を撃つことに緊張しているわけではない。その証拠に蛍火はきり丸を恨みがましげに睨み火縄銃に火薬を詰めながら「う、ううー、せんせいごめんなさい、おこらないでください」と唱えている。
 固唾を飲んで見守る観衆をよそに、蛍火は嫌そうな顔のまま火縄銃を構えると迷いなく引き金を引き、銃口を飛び出した弾丸はあっさりと的の中心を射貫いた。それを見届けたのか見届け切らないのかのタイミングで、蛍火は火縄銃をその場に放り出すとそそくさと瓶子を抱えていなくなる。あれほど面白がっていた侍大将でさえ「え、あ、今の? あ、当たったんだ、へえ」と釈然としない顔をしていた。
 きり丸は抜け目なく侍大将から褒美の金一封を毟り取ると、慌てて蛍火の後を追う。瓶子を洗い場に返した蛍火はほとんど物を言わずに黙々と働き、アルバイト代を受け取ると帰路についた。
 きり丸は忍術学園の門をくぐると、さきほど手に入れた金一封の中身を確認する。アルバイト代以上の金額を目にしてほくほくしているきり丸を見て、蛍火はぎょっとして目を丸くする。きり丸が「蛍火先生にも半分……」と言いかけると、蛍火は大げさなほどに激しく首を横に振る。
「それはきり丸が取っておきなさい」
「え、いいんすか」
「イマジナリー照星師がそう言ってる」
「だからなんすか、それ」
 呆れた顔のきり丸の両肩を、蛍火が鬼気迫る表情で掴む。
「きり丸、今日あったことは誰にも言うな。その金の出所を誰にも言ってはいけない」
「え、そ、そりゃドケチは金の出所を簡単には明かしませんけど」
「絶対にだ、特に照星師の耳に入るようなことがないように」
「私がどうかしたか」
 きり丸はギャと短く悲鳴を上げる。きり丸の肩を掴む蛍火の肩越しに、照星の不気味な面相が覗いていたからだ。何度見ても見慣れぬ顔である。蛍火はぎこちなく背後を確認し「イマジナリー照星師が具現化した」と呻いた。照星が「何を言っているんだおまえは」と眉根を寄せる。
 きり丸が「蛍火先生、リアル照星さんっすよ」と囁くと、蛍火は喉の奥をヒュウと鳴らし「お、おひさしぶりでございます……」と呻いたきり何も言わなくなってしまった。