学園最新スイーツ事情
学園の食堂は食事時間を外れていることもあって誰もいない。厨に残されていた汁物を勝手に温めたものを挟み、向き合って座るのは照星と蛍火ばかりである。椀に手を付ける照星を前に、蛍火は膝に手を置き背筋を伸ばしたまま微動だに出来ずにいる。
「食堂のおばちゃんの料理はいつでも美味いな」
照星がぽつりと言うので、蛍火は照星の顔色を窺ったまま「そうですね」とだけ答えた。
「知らない料理が出ることもあって、面食らいますが」
蛍火はおずおずとそう言った。照星は椀を手にしたまま蛍火に視線を向ける。
「学園にはもう慣れただろう」
「慣れ……慣れたといえば慣れましたが、慣れないこともたくさんあるというかなんというか……」
しどろもどろと言葉を重ねる蛍火に照星はふと笑った。
「若太夫はどうしている」
「変わらずにおりますよ、昨日のテストの点数をお耳に入れましょうか」
「いや、いい。三木ヱ門はどうだ」
「何やら新しい散歩仲間ができたようです。シヅエだったかな、フミコだったかも」
「元気そうで何よりだ」
お呼び立てしましょうか、と言うと、照星は首を横に振る。
「後でいい。おまえの様子を見に来た」
そう言われ、蛍火は目を丸くする。私ですか、と尋ねると、照星は椀越しに軽く頷いた。
「ご隠居殿と面会が叶ったそうだな、どうだった」
「いやあ最悪でしたねえ」
へらへらと蛍火が笑うと、照星は「そうか」とだけ言う。
「一応伝えておくが、佐武にもいくつか書状が来ている」
それを聞いて蛍火は顔を青くした。
「うわーすみません、本当にもう老い先短くて必死みたいで」
「あの文面の元気を見るに、あと百年は生きそうだ」
「佐武殿に迷惑をかけぬようよくよく申し伝えます」
すみませんすみませんと冷汗を垂らす蛍火をよそに、照星は「質の良い焚き付けが手に入って昌義殿は喜んでいる」と肩を竦めた。
「それで」
照星が蛍火をじろりと睨む。蛍火は息を詰まらせ背筋を伸ばした。幼い頃から、照星にこの目で見られると蛍火はどうにも落ち着かない。師が身を寄せる佐武村に迷惑をかけていることを叱責されると思った蛍火は無抵抗に項垂れる。
「私に知られたくないというのは、なんのことだ」
「へ?」
それもあった、と蛍火はすっかり顔色を失う。誤魔化すかどうか悩み、宴席で的を撃ち抜いたアルバイターの話などすぐに師の耳には入るだろうと覚悟を決め、全て詳らかに白状する。すみませんすみませんすみませんすみません、と呪文のように唱え続ける蛍火に、照星は溜息だけをついた。叱られるよりよほど堪える。
「私はおまえに曲芸を教えたつもりはない」
「……す、すみません、ごめんなさい」
「だが、ときには意に添わぬ場で腕を披露せねばならないことはある」
照星は椀に視線を落としながら続ける。蛍火は目を丸くして照星の顔を見つめる。見れば見るほど不気味な顔であった。照星は気を散らす蛍火を無視して「独り立ちすれば、そういう機会は増える」と静かに言った。
蛍火はぱんと手を打つ。
「……せんせえが私を押し付けられたときとか?」
「おまえ、自分で言っていて悲しくならないか」
「いやあ乗り越えました」
呆れ顔の照星に、蛍火はへへへと笑う。
これまで蛍火が照星の教えに従い火縄撃ちとして矜持を持ってこられたのは、ひとえに照星に守られていたからなのだろう。師のもとにあるか、学園に身を寄せるか、実家に戻るか、或いはそれ以外か。ふらふらと迷い続けることができる時間も、そう長くはない。どれを選んでも厳しい道行であることも、なんとなく分かってきたように思う。
「照星師」
「なんだ」
「ありがとうございます」
頭を下げる蛍火に、照星は片眉を上げた。
湯気をたてる椀を照星が置くのを見て、蛍火はずっと気になっていたことを戸惑いがちに尋ねる。
「照星師、それどう思います」
「美味い」
「いえ、そうではなく」
「カレーがどうした」
「カレー」
師の口からカレーという単語が出たことに蛍火は言葉を失う。
「カレーって……どうなんですかね……」
何がとは言わないが。
「学園では珍しい食事が出る」
「いやあ、珍しいというか、なんというか」
「先日訪ねたときは土産にチュロスをいただいた」
「チュロスかあ……うーん、ギリギリですねえ……」
余談ではあるがチュロスは十六世紀の南蛮で記録が残っている。
「先日いただいたあれは美味かったな」
「……なんです?」
「タピオカミルクティー」
「師匠の口からタピオカミルクティーなんて言葉は聞きたくなかったですよ!」
もうやめましょうこの話、と顔を両手で押さえる蛍火に照星が「おまえが始めたんだろう」とぼやく。それはそうなのだが。
「そろそろ慣れろ」
「慣れろって言ったって……」
そういうものだ、と真顔で言われ、蛍火は「そういうものですか……」と首を傾げた。そういうものらしい。