期末試験で百点を取れ!の段(3)
期末試験の問題の写しを囲んでいたは組の生徒は、その問題の難しさに頭を抱えた。
「蛍火先生の正社員登用がかかっているのにこんな難しい問題を作るなんて」
そうぼやいたのはきり丸である。兵太夫が「土井先生、実は蛍火先生と一緒に働きたくなかったりして」と言うのを、三治郎が「そんなわけないだろ」と窘める。
庄左ヱ門は忍タマの友を片手に回答を作りながら眉尻を下げた。
「答えはだいたい作れそうだけど、一問だけ分からない問題がある」
庄左エ門が写しの最期の問題を指さす。伊助がえーと声を上げ「庄左ヱ門にも分からないなんて」と肩を落とす。
「分からないことがあったら、先生に質問しよーっ!」
元気よく手を挙げるしんべヱの頭をきり丸が「ばかっ、先生に聞けるわけないだろ!」とどついた。乱太郎が「上級生の先輩に相談してはどうだろう」と提案する。
「蛍火先生は保健委員の仕事をよく手伝ってくれたから、善法寺先輩も蛍火先生に残ってほしいと思うはず」
それに庄左ヱ門は首を捻った。
「先輩に教えていただくのは悪くないと思うけど……」
「けど?」
難しい顔をする庄左ヱ門に、乱太郎は先を促す。
「善法寺先輩は、優しいけど真面目な人だろう。ズルの手伝いをしてくれるか?」
「確かに……」
「それに、何か不運があって先生にバレてしまうかも」
「それはあり得る」
乱太郎が「じゃあ善法寺先輩には聞けないなあ」と腕を組む。それなら、と手を挙げたのが金吾である。
「七松小平太先輩はどうだろう。七松先輩は蛍火先生に鬼ごっこで負けてから何度もリベンジを挑んでる。蛍火先生に勝ち逃げされないために、カンニングに協力してもらえるかも」
それに待ったをかけたのは三治郎であった。
「でも、七松先輩ってそういう隠し事が出来なさそうだよ」
「あー、イケイケドンドンでバラしちゃうかも」
しんべヱがそれに同意する。庄左ヱ門が人差し指を立てた。
「鉢屋三郎先輩に頼もう。鉢屋先輩も蛍火先生に変装を見破られたことを悔しく思っていて、リベンジの機会を伺っている」
鉢屋ならば成績も申し分なく、腹芸もこなせるタイプである。いいんじゃないか、と場がまとまりかけたところに、乱太郎が不安そうな顔をした。
「鉢屋先輩は不破先輩と仲がいいから、うっかり話してしまうかも。そんなこと知ったら真面目で迷い癖のある不破先輩は、先生に報告するべきかしないべきか迷ってぶっ倒れてしまう」
「それはマズイ」
同じ図書委員で不破の人となりをよく知るきり丸が真っ先にそう言う。じゃあ誰に、と場が停滞したところに、団蔵が「田村三木ヱ門先輩がいる!」と声を上げた。
「田村先輩は尊敬する照星さんの弟子である蛍火先生を慕っているし、理由を話せばきっと協力してくれるだろ。それに四年生は、あのう、そのう、なんというかぁ……」
「団結力がない」
言葉に迷う団蔵の言いたいことを、庄左ヱ門が引き継ぐ。三木ヱ門が同学年の者にうっかり秘密を話してしまうことはないだろう。庄ちゃんったら冷静〜と喜三太が呟く。
「よし、じゃあこの問題の答えは田村先輩に伺うということで、みんな、いいか?」
庄左ヱ門の問いかけに、満場一致で応の答えが返ってきた。
*
「――という事情で、田村先輩にこの問題を解いていただきたいんです」
事の経緯とともに団蔵から差し出された問題の写しをちらと見て、火器演習場でユリ子を愛でていた三木ヱ門はふふんと鼻を鳴らした。
「石火矢など過激な武器を使わせれば学年一、学園のアイドルたる私は、もちろん成績も優秀! さらに照星さんの弟子である蛍火さんのためなら、ひと肌もふた肌も脱ぐ男気も兼ね備えている! アホのは組にしては素晴らしい人選だ! 褒めてやろう!」
三木ヱ門は筆をとると、写しに回答をさらさらと記していく。成績優秀と自称するのは嘘ではないらしい。淀みなく筆を走らせながら、三木ヱ門は芝居がかった溜息をつく。
「それにしても蛍火さんの正社員登用がおまえらに懸かっていたとは、蛍火さんもつくづく運のない方だなあ」
「どういう意味ですかっ!」
「そのままの意味だ」
団蔵の抗議の声をさらりといなす。
三木ヱ門は書き終えた回答を団蔵に手渡す。団蔵はそれを受け取り、大切に懐にしまい込んだ。
「そういえば、虎若はどうしているんだ。蛍火さんのことで私に頼みごとをするなら、虎若が来るのが筋だろう」
三木ヱ門の言葉に、団蔵は「確かにそうだ」と思った。蛍火に一番よく懐き、蛍火が学園に残るために最も尽力しそうな虎若は、本当ならば皆の音頭をとっていてもおかしくない。だが、思い出してみると、庄左ヱ門の作戦立案の最中、虎若は貝のように押し黙っていた。
「虎若は蛍火先生と以前からの知り合いですから。蛍火先生がみんなの先生になってしまうのが寂しいのかもしれません」
団蔵が言うと、三木ヱ門は顎に手をやり「そういうものか」と首を捻った。
団蔵は三木ヱ門にお礼を言う。三木ヱ門は「私に協力を仰いだからには失敗は許されんぞ
」と大きな声を出すので、団蔵は「はい! 頑張ります!」と言い残し、長屋に戻った。
長屋の庄左ヱ門と伊助の部屋には、は組の全員が集まっていて団蔵の帰りを心待ちにしていた。団蔵は懐から回答を取り出し「回答を手に入れたぞ!」と皆に掲げて見せた。ワッと歓声が上がるのを、庄左ヱ門が「しぃっ、静かに!」と諫める。
これで蛍火先生は学園に残れるぞ、と肩を組むクラスメイトに庄左ヱ門は「今からみんなでこれを頭に叩きこむぞ」と宣言した。それを聞いた全員が快哉を上げていた表情を凍り付かせる。
「わ、忘れてた……」
「これを覚えないといけないんだ……」
しんべヱと喜三太が青ざめると、他の面々もいっせいに顔色を失った。
「期末試験まであと二日、がんばろー!」
庄左ヱ門の言葉に、力ない「おぉー」の声がまばらに返った。