期末試験で百点を取れ!の段(4)
忍たま長屋の乱太郎、きり丸、しんべヱの部屋での試験当日の朝、解答を頭に叩き込むために徹夜をしたしんべヱは、目を真っ赤に腫らして「こんなの覚えられないよう!」と泣き声を上げた。同じく目の下を真っ黒にしたきり丸が「おれが銭まで出したんだ、頑張って覚えろよ」とあくびまじりに檄を飛ばす。
「そんなこと言ったって、こんなにたくさん覚えられるなら普段からもう少しマシな点数取ってるよ!」
しんべヱが尤もなような情けないようなことを喚いた。顔は涙と鼻水でどろどろである。手元の反故紙には、記憶を振り絞って書き付けようとした解答の痕跡らしき文字がのたうっている。二日間、解答の丸暗記を試み、このザマである。試験開始まであと二刻もない。これはどうにもならないのではないか、と乱太郎は表情を曇らせる。
しんべヱの泣き声を聞いて様子を見に来た庄左ヱ門が、部屋の様子を一目見て状況を飲み込んだような顔をした。
「ぼくに考えがある」
そうは言っているが、庄左ヱ門は苦渋の表情をしている。出来ればやりたくない、というのが見て取れた。
「試験が終わったら、試験用紙を回収するだろう。そのときにしんべヱの分は、あらかじめ作っておいた解答とすり替えるんだ」
言うは易しである。そんなこと出来るかなあ、と洟を啜るしんべヱに、庄左ヱ門は首を横に振った。
「これは手先の器用なきり丸に任せよう。しんべヱは答案用紙を提出するふりだけをして、きり丸は自分の答案用紙と準備しておいたニセ答案用紙を重ねて提出するんだ」
「え、おれぇ!?」
きり丸が頭を抱えて天井を仰いだ。土井先生の目を盗んでのカンニングは難易度が跳ね上がる。
「ニセ答案用紙作りは絵の上手い乱太郎に頼む。土井先生の字を真似できるか?」
「や、やってはみるけど……」
乱太郎は急いで筆を執り、自分が写し取った問題文をもとにニセ答案用紙を作り始める。あの日に盗み見た試験問題を思い出しながら、今まで幾度となく受けてきた追試の山も参考に、ニセ用紙を書き上げた。伊達に他のクラスの三倍は試験を受けていない。それでもなお合計点では惜敗を喫するかも知れないが。
「よし、しんべヱ、今からぼくの言うとおり解答を記入していくぞ」
「おい、急がないと試験が始まっちゃうぜ」
急かすきり丸にしんべヱは顔を青くする。それを庄左ヱ門は「落ち着いてやろう」と宥めた。涙と鼻水で薄くなった墨でなんとか解答を作り上げ、試験用紙をきり丸にパスする。きり丸はいまだ墨痕が乾ききらないニセ答案用紙をなんとか苦心して筒袖の中に隠した。
「うまくいくかなあ」
不安そうに呟く乱太郎に、庄左ヱ門が「でもこれしかないだろう」と同じく不安そうな顔をした。
は組の教室に集まったよい子たちは、互いが寝不足で目を腫らし隈を作っていることに力なく笑い合った。
「蛍火先生のためにここまでしなくても」
「でも、い組に言われっぱなしは癪だからな」
そう言い合いながらもそもそと席に着くと、土井先生が教室に入るなり「それでは、期末テストを行う!」と声を上げた。それから教室内をぐるりと見渡し「どうした、みんな眠そうな顔をして。試験中に寝るなよ」と言いながら試験用紙を配り始めた。
乱太郎は配られた試験を見てほっとする。内容は盗み見た試験から変わって折らず、ニセ答案用紙の出来にもかなり近い。あとは覚えた内容をそっくり書き写すだけだと卓にかぶりついた。背後からも滑らかに筆を滑らせる音が聞こえてくる。クラス全員が勢いよく解答を作り始めたのを見て、土井先生が満足そうに頷く気配がした。
試験終了後、よろよろと教室を後にした乱太郎、きり丸、しんべヱは、長屋に戻る途中、他のクラスの試験を回収して回っていた蛍火に行き合った。三人は「わたしたち、やれるだけやりました!」「もし先生として残ったらぼくのバイト手伝ってくださいね!」「宿題もまた見てください!」と口々に言うと、長屋に戻って三人折り重なるようにしてぐうすか眠った。
*
後日、教室に入ってきた土井先生が小脇に採点済みの試験用紙を抱えているのを見て、は組の教室中に緊張が走った。そわそわと目配せしあうよい子たちの前で、土井先生は「それではテストを返却する!」と宣言した。
まずは百点の者から、と土井先生は言い、庄左ヱ門に答案を返却する。次は誰が続くと固唾を飲むよい子たちに、土井先生は残った答案の束で自身の手のひらを叩いた。
「おまえたち! 事前に問題が分かっていて、上級生に解答まで作ってもらったのに、どうして百点がとれないんだ!!」
ばしばしと返される答案の点数が、いつもより多少は上乗せされているとはいえ百点には及ばない点数であるのを見て、生徒達は顔を真っ青にした。庄左ヱ門が「土井先生、ぼくたちのカンニングをご存知だったんですね」と呟くのを聞いて、隣席の伊助が「庄ちゃんったら冷静ね……」と六〇点の答案用紙を握りしめた。
「当たり前だろう! 魘入の術と双忍の術はどちらも試験範囲であったから目こぼししてやったんだ!」
「そんなこと言って、土井先生が蛍火先生を気に入ってただけじゃないんすか?」
半助の助は助平の助、と悪態をつくきり丸の頭に土井先生が拳骨を落とす。
「おまけに、しんべヱ! おまえの答案用紙は二枚も提出されていたぞ!」
二枚の答案用紙を返されたしんべヱは「あ! 間違えて本物の解答用紙も提出しちゃった!」と泣き声をあげた。
「それに、ニセ答案用紙は解答は百点なのに、問題文を間違えている!」
土井先生は問題文の漢字間違いを指さして指摘した。乱太郎が「時間がなかったんですぅ!」と半泣きになる。
土井は額を押さえて項垂れる。
「作戦はよかった、試験問題を盗み見るのもよくやった、それなのにおまえたちときたら……」
深い溜息をつく土井に、庄左ヱ門はぴっと挙手をした。指先まで伸びた美しい挙手である。
「ということは、蛍火先生は学園には残れないということですか?」
土井は一瞬言いよどんだが、眉尻を下げて「そういうことになるな」と答えた。徒労めいた騒動に、誰からともつかず溜息が漏れた。