愛に似た絆とその実践について



 数日間空けていた、冷え切った自室の明かりをつける。一人掛けの椅子に浅く座る男に、シハナは一瞬だけ瞠目した。

「ゾルフ・J・キンブリー」

 低く、男の名を囁く。

「ご無沙汰でしたね」

 キンブリーは、組んでいた脚を悠々とほどいた。膝の上で白いソフト帽をもてあそぶ。
 シハナは静かに微笑んだ。

「5年になりますか」
「ええ、貴女は一度も面会に来てはくれませんでしたね」
「貴方に面会権はなかったでしょう」

 国家を揺るがす大罪人だ。本来ならば軍法会議を待たずに処刑されてもおかしくないというのに。それを、のうのうと何故こんなところにいるのか。白尽くめのキンブリーを上から下まで眺めると、キンブリーは両の手を挙げ、掌をこちらに向けた。
 シンプルな文様の入墨がこちらを向く。陰と陽と、日と月と。その意味をかつて聞いたような気もしたが、覚えていない。

「ああ、違います。脱獄ではありません。正規の手続きを経て出所しました」
「そうですか。それは良かった」

 シハナの返答に、キンブリーは苦笑を漏らす。

「肩身の狭い思いをしましたか? 私のせいで」

 シハナは肩をすくめる。

「少しは。――そういえば、あの後、二階級昇進しまして、今は大尉です」
「それは喜ばしい」
「死んだも同然という意味ですよ」

 上着を脱ぎ、コート掛けに掛ける。シャツと手袋の間から覗く鋼の手首に、キンブリーは目を細めた。

「死んだと思っていましたよ」
「ドクター・マルコーが私を憐れんでくれました」
「ああ、だから」
「顔なんて、もう、炭でしたから」
「マルコ―医師が復元したのですか。道理で、ますます美しくなったのでは」
「役得です。――さすがに焦げ落ちた手足までは生やしてもらえませんでしたが」
「おや、脚も」

 シハナは戸棚から煮豆の缶詰を2つ取り出した。キンブリーの眉間に皺が寄る。
 赤い布張りのスツールを引き寄せたシハナは「失礼」とキンブリーの向かいに腰掛けた。ズボンの両裾を手繰り寄せると、無機質な光が鈍く反射する。

「ふむ、錬成が完全に反応し終えるまでに錬成陣がもたなかったか。予想より爆発も小規模だったのはそのせいですね」
「そうなのですか。次はもう少し何とかしていただきたい」

 シハナは煮豆の缶詰を一つ、キンブリーに勧める。

「では、出所祝いでも――」

 言いかけたシハナをキンブリーが遮った。

「そんな不味そうな豆で?」
「では私はいただきます」

 開けた缶にスプーンを差し入れ頬張るシハナに、キンブリーは呆れたように息を吐く。
 ひょいと缶を取り上げる。缶を両掌で包むと、青白い閃光が迸り、缶から湯気が上がった。

「温めたほうがいいのでは」
「この豆、温めると臭くて食えたもんじゃないんですよねえ」

 シハナは笑って、缶詰を窓辺に放った。

「目を覚ますと野戦病院のベッドにダルマ状態で転がされ、戦争は終わり、貴方は投獄されていました」
「波乱万丈ですね」
「そんな私の気持ちが分かりますか」
「さあ、”ぶち殺してやる”ですか」

 キンブリーは、穏やかに笑んだ。シハナも笑み返す。

「正解は”皮を剥いでやる”です」

 冗談はさておき、とシハナは立ち上がる。金属の軋む音がした。

「埋め合わせはしてくれますね」
「ええ、きっと」

 キンブリーは懐から紙片を取り出す。それを、やや芝居がかった調子で読み上げた。

「シハナ・S・キンブリー大尉、大総統の命により本日付けで特殊業務に任ずる」

 紙片の向こうから上目の視線を受け、ふ、とシハナは唇を歪ませた。

「困った親父殿ですね」
「理解ある娘で嬉しいですよ」