わたしの家ぞく。
研究の手を止めコーヒーを淹れにキッチンに来たキンブリーは、ダイニングの灯りが点いたままであることに気付いた。シハナが宿題をしていたのであったか、と覗き込むが、シハナの姿はない。そのかわり、二人掛けの小さなダイニングテーブルに、書き損じの原稿用紙が散らばっていた。おおかた、宿題の途中で飽きて、自室で本でも読んでいるのだろう。もしくは、そのまま寝てしまったのかもしれない。
いくつかの束になって放っておかれたそれの、一番右端の束に手をかけた。
「わたしの家ぞく」と銘打たれた作品に、キンブリーはおやと眉を上げた。なかなかどうして、えげつない宿題を課す担任である。小さな子供が必ずしも家族を愛しているとは限らない。このご時世、両親が揃わない家庭だって珍しくないだろう。まあ、わたしのお父さんとお母さん、としなかっただけ、良心的か。
キンブリーはそれに目を通していく。
【わたしの、お父さんとお母さんは、死にました。】
センセーショナルな読み出しだ。掴みは悪くないが、小学生の作文としては刺激的すぎる。
【わたしの住んでいた町は、びんぼうな人が多かったです。ある日、びんぼうな人たちは、怒って町中をこわしました。どうして町をこわしたのか、わたしにはわかりませんでした。わたしの家は町の人よりお金持ちだったので、みんなにおそわれていました。小さいおにいちゃんは、たくさんの人に押されて、ふまれてしまいました。血は、あんまり出ていませんでした。でも、人がいなくなったときには、死んでいました。わたしは、それを、お向かいのお水屋さんの屋上から見ていました。たくさんの人が、大きな声をあげていっしょに動いて、大きな動物みたいで、すごかったです。
お父さんとお母さんと、大きいお兄ちゃんは、そのあと、軍人さんに連れていかれました。お父さんとお母さんと大きいお兄ちゃんは、外国の悪い人にお金を送っていたからだと、隣の家のおじさんが言っていました。そのせいで、びんぼうな人たちが怒ったそうです。でも、本当はそれはうそだと言っていました。お父さんのおじいちゃんが外国人で、お母さんも外国人だったから、連れていかれました。うそはよくないと思いました。わたしは、うそはつかないようにしたいで――】
そこまで書いて、残りは白紙であった。
キンブリーは次に、くしゃくしゃに丸められた原稿用紙を広げて読んでみる。
【わたしの家ぞく
わたしの、本当のお父さんとお母さんは、いません。せん争で、死んでしまいました。
でも、今は、ゾルフという人がいます。ゾルフは、そのせん争に来ていた軍人さんでした。ゾルフは、わたしが町の人を肉にして売っていたのを見たので、いっしょにくらすことになりました。
ゾルフは、国家れん金じゅつしです。はじめてゾルフのれん金じゅつを見たとき、すごいなあと思いました。ゾルフが両手をあわせると、ホタルみたいな、青い光が飛んで、どおんと、ばく発します。ばく発したのは、いつも近所にいた、家のない人でした。いつもわたしの家の売れ残ったお肉をわけていました。その人は、足がとんでいってしまって、たくさん血が――】
そこから先は、ぐしゃぐしゃと鉛筆で塗りつぶされている。妥当な判断だろう。これを提出されては、二者面談では済まない。キンブリーもシハナも刑務所行きだ。
キンブリーは次の原稿用紙を手に取る。
【わたしの家ぞく
わたしの、本当のお父さんとお母さんは、いません。天国に行ってしまいました。
でも、今は、ゾルフという人がいます。ゾルフは、軍人さんで、国家れん金じゅつしです。ゾルフはすごいです。家にいると、いつも部屋で難しい勉強をしています。わたしは、算数が好きです。でも、ゾルフがしている勉強は、ぜんぜんわかりません。
ゾルフはたまに、わたしにれん金じゅつしに向いている、といいます。でも、わたしは、れん金じゅつしになりたくありません。なぜかというと、ゾルフがれん金じゅつしだからです。2人ともれん金じゅつしだと、おもしろくないと思います。ちがう人がたくさんいた方が、おもしろいと思います。
ゾルフは、いつも、とうかこうかんといいます。1個のリンゴからは、リンゴ1個分のアップルパイしか作れないという意味です。でも、わたしは、それはちがうと思います。花のたねを1個土にうめると、花がたくさん咲きます。咲かないときもあります。それから、わたしがゾルフにケーキを少しあげると、ゾルフはうれしそうです。それを見ると、わたしもうれしいです。だから、とうかこうかんは、ちがうと思います。わたしは、ケーキは、ゾルフのお母さんが作ったハチミツのケーキがいちば――】
話がずれすぎて収拾がつかなくなったのだろう。そこで放り投げられている。3分の1ほど余った原稿用紙のはじっこに、小さくカップケーキが落描きしてあった。
それにしても、錬金術の最大原則である等価交換を「それはちがうと思います」とは。キンブリーは紙面に苦笑を落とす。
【わたしの家ぞく
わたしの本当のお父さんとお母さんは、せん争で、天国に行ってしまいました。でも、ゾルフという人が、お父さんとお母さんのいないわたしをかわいそうに思って、いっしょにくらしています。ゾルフは、軍人さんで、国家れん金じゅつしです。なので、困っている人をたすけるために、長いあいだ帰ってこないことがあります。それは、少しさびしいけど、しかたがないです。
帰ってくると、ゾルフは、お仕事の話をしてくれます。私がいちばん好きなのは、ゾルフのれん金じゅつで、人がばく発する話です。わたしは、人がばく発するのは一回しか見たことがありません。炎が明るくて、きれいでした。でも、その人は死ななかったので、今度は、ばく発して死ぬところが見――】
滑り出しは悪くないが後半から急転直下で不穏になっていく。1枚めくると、新しく書き直されていた。
【わたしの家ぞく
わたしの本当のお父さんとお母さんは、せん争で、天国に行ってしまいました。でも、ゾルフという人が、お父さんとお母さんのいないわたしをかわいそうに思って、いっしょにくらしています。ゾルフは、軍人さんで、国家れん金じゅつしです。なので、困っている人をたすけるために、長いあいだ帰ってこないことがあります。それは、少しさびしいけど、しかたがないです。
ゾルフは、帰ってくると、勉強ばかりしています。れん金じゅつしは大変だなあと思いました。わたしは算数が好きだけど、ゾルフのしている勉強はぜんぜんわかりません。ゾルフはやさしくて、頭がいいです。よく、わたしの勉強をみてくれます。わたしがわからない問だいも、どんどんといて教えてくれます。あと、料理も上手です。私はゾルフの作ったオムレツが大好物です。毎日食べても大丈夫だと思います。でも、いそがしいのであまり作ってくれません。
でも、怒るとこわいです。ゾルフは他の大人みたいに大きな声で怒ったりはしません。すごく、つかれたみたいな、かなしいみたいな顔をして、小さな声で怒ります。でも、わたしは、ゾルフに怒られるのがいちばんこわいです。なので、あまり怒られないようにしたいです。
そして、わたしは、ゾルフみたいな軍人さんになりたいです。軍人さんになったら、ゾルフの部下になって、いっしょにお仕事をします。お仕事のことは聞いたことしかないけど、きっと楽しいと思います。アメストリスのいろいろなところに行きたいです。いろいろな人がいておもしろいとゾルフは言いました。なので、わたしも、ゾルフといっしょにたくさんおもしろい人を見てみたいです。】
次に1枚、最後の段落だけ書き直されていた。
【そして、わたしは、ゾルフみたいな軍人さんになりたいです。軍人さんになったら、ゾルフの部下になって、いっしょにお仕事をします。そうすると、留守番をしなくていいからです。そして、わたしみたいに、家ぞくがいなくなってしまうような子が、いなくなったらいいなあと思います】
ふむ、良い着地点だ、とキンブリーは心中頷く。原稿用紙から読める試行錯誤の跡が興味深かった。
「あ!」
大きな声がしたので、キンブリーはそちらに顔を向ける。シハナが顔を赤くして走り寄ってきた。キンブリーの手から原稿用紙をむしるようにして取り、テーブルの上に散らかった紙束をかき集める。
「ひどい! 勝手に見るなんて!」
「そう言うならきちんと片付けなさい」
むう、とシハナは頬を膨らませる。だが、言い分には納得したようで、渋々といった風に「はい」と返事をした。困ったように眉をさげた顔で、シハナはキンブリーの表情をうかがう。
「どうでしたか? 変じゃなかった?」
「満点ですよ。きっと担任の先生は感涙に咽び泣くでしょうね」
「かんるいにむせびなく?」
「感動して、泣いて喜ぶことです」
得心がいった、という顔をしてシハナは微笑んだ。
キンブリーは、明日の朝食はどうするかと考えて、卵をきらしていたことを思い出した。