猛獣使い


2年の頃、クラスは違うがよく目が合う男の子がいた。
なんでだろうと友達に話すと、それは自分が見ているからじゃないのかと言われた。確かに私が彼を見ているから目が合うわけで。友達の言葉はすんなりと納得出来た。
ではなぜ私は彼を見ているのか。と次の疑問が湧いた。それは直ぐに答えが出た。彼の笑った姿に惹かれたからだ。
はっきりと自覚をしてからは、彼と目が合うことがほとんどなくなった。それは彼を見れなくなったからだ。
3年になると私は彼と同じクラスになった。そしてしばらくして、年下の彼女がいる事を知った。
とても可愛らしい声で、やすくん、と彼を呼び、とても可愛らしい笑顔で私の好きな人の腕にからみつく。そんな姿を彼は面倒くさそうな顔をしつつも嫌がる事はない。その姿を見る度に、私の心は苦しくなり、その場から逃げるように離れる。
こんな事なら同じクラスになんてなりたくなかった。と思う反面、好きな人と同じクラスになれた嬉しさもやはりあるわけで。毎日とても複雑な気持ちでいる。

「はあああああ。」

逃げた先の自販機前で大きなため息が出てしまう。

「随分と大きなため息だな。」

そう声をかけてきたのは、2年の時に同じクラスで、今は隣のクラスの東堂だった。

「あははは。聞かれてたかぁ。」
「なんだ、俺とクラスが別れた事を残念にでも思い始めたか?」

相変わらず喋らなければいい男なんだけどなぁと思った。

「そんな事なら良かったんだけどね。」
「そんな事とはなんだ!」

俺に失礼だとブツブツと言っている東堂を見て笑ってしまう。

「で、何かあったのか?」
「んー、恋の悩みですよ。」
「はっ?恋だと?好きな奴なんていたのか?」
「それこそ失礼じゃない?」

心底驚いたという顔を見られ、思わず眉をひそめた。
そして東堂の顔が、面白そうにニヤニヤと変わっていくのが分かる。

「どんな奴だ?」
「さぁ、どんな奴でしょうね。」
「なんだ、少しくらい相談にのってやるぞ?」
「相談したところで、彼には可愛い彼女がいるのでどうにもならないよ。」
「そうか。彼女がいるのか。」
「東堂って彼女いないんだよね。本当はモテないとか?」
「そんな事はないぞ!特定の彼女なんて作ったら、ファンの子達が悲しむだろう。」

そう言っていつもの指差しポーズを取るので、イラッとして私はその指を反対に曲げてやった。

「いででで!何をするのだ!」
「イラッとした。でも自転車部ってモテるんでしょ?」

涙目で指をさする東堂にそう言うと

「どうなんだろうな。今のところ誰かに彼女がいると言う話は聞いた事はないがな。」
「うそだぁ。彼女いる人いるじゃん!」

はて?という顔をする東堂に、私は隠してるの?という顔で見る。

「誰の事だ?まぁ後輩の事になると分からないが。」
「………荒北。」

私がそう言うと、東堂の目が大きく開いて固まった。

「あれっ?東堂?知らなかったの?」
「そっ…それは本当か?何故だ! そんなはずはない!」

あっ、知らなかったのか。でもよく一緒にいるし、知ってるのかと思っていた。

「ごめん、てっきり知ってるのかと思ってて。」
「どんな子なんだ!」
「えっ、年下の可愛い子だよ。」

そう言うと東堂はまたはてな顔をした。

「うーん、それは違うな。うむ。それはありえんのだよ。」

と東堂は自分で言って納得した顔をした。私は、よく分からないが、実際毎日見ているのだからと言っても違う筈だとなぜか譲らないので、その話はやめ東堂とは別れ教室へと戻った。


次の日の昼休み、何故か東堂に呼び出された。

「どこ行くの?」
「いいから、付いてきてくれ。」

何度もそのやり取りをし、着いたのは学食だった。

「なんだ、お昼一緒に食べたかったの?」

そんな冗談を言いつつも、そのまま誰かを探すようにキョロキョロとする東堂に着いていく。

「ここにいたのか。」

東堂が探していた相手を見つけたようで、そちらへ真っ直ぐに進んでいく。誰だと思って東堂の肩越しにのぞいてみると、そこには荒北と彼女が隣同士に座っていた。
荒北は私に気がつくと一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。

「苗字、何食べるんだ?」

東堂に聞かれ、うどんと言うと買ってくるので座って待っていろと言われた。どこにと聞くまでもなく、荒北の前の席を指差しているので、大人しくそこに座ると、東堂はまだ何も買っていない荒北と二人で行ってしまった。
気まずい。彼女と二人でとても気まずいと、私は思い切り表情に出ているだろうと思う。

「こんにちは。」

驚く事に、彼女の方から声をかけてきた。

「こっこんにちは。」

そう返し彼女を見ると、眩しいくらいの可愛らしい笑顔を私に向けている。

「靖友くんと同じクラスなんですよね。」
「はい。」

靖友くん、私もそう呼べる仲になりたかったな、なんて思ってしまい勝手に心が沈みそうになるのを堪える。

「荒北と仲いいね。長いの?」
「はい、もうすぐ16年になります。」
「16年…16年?」

私が驚くと、彼女は楽しそうに笑った。あれっ?からかわれてるのかなと思っていると

「靖友くん、私の従兄なんです。」
「あぁ、従兄ね。えっ?従兄?」
「名前さん、ですよね?私と靖友くんは従兄ですよ。」

まさかの従兄に驚いて言葉が出ない。

「もともと家も近所で、小さい頃から靖友くんの妹と一緒に靖友くんに遊んでもらってたんです。」

中学の途中で引っ越して箱根に来て、たまたま家の近くの高校ってだけで箱学に決めたんだそう。

「そう、だったんだ。」
「はい。昨日東堂さんに名前さんが勘違いしてるってのを聞いて、靖友くんの為にも早めに誤解を解かないとと思って東堂さんに呼んでもらうよう頼んだんです。」
「あー、なんか…ごめんね。私の為にわざわざ…。」
「えっ?」
「ん?」
「あれ?」
「んん?」

どうしたのと言う顔で彼女を見ると、なんだか話しが噛み合ってないような顔をしている。

「あーそっかぁ!分かりました。はい。そう言う事かぁ。」

突然彼女はうんうんと頷きながら納得した顔をした。

「ん?どゆこと?」

よく分からない私が聞くと、彼女はにっこりと可愛らしい顔で笑って

「では、私は友達待たせているので失礼します。名前さん、これからは私とも仲良くして下さいね!」

そう言うと席を立って行ってしまった。
彼女と入れ替わる形で、荒北が戻ってきた。

「あれ?アイツは?」
「友達待たせてるからって戻ったよ。」
「んだよ、何がしたかったんだァ?」

そう言いながら、東堂に頼んだはずのうどんを渡してきた。

「東堂は?」
「あぁ、アイツは、あっちで捕まってる。」

そう言いながら、荒北は私の向かいに座った。
しばらく無言が続いたが、その空気に耐えられなくなり私から口を開いた。

「さっきの子、荒北の彼女かと思ってた。」

それを聞いた荒北が、味噌汁を少し吹き出した。

「大丈夫?」

慌ててティッシュを差し出すと、荒北は数枚抜き取り口を拭いた。

「彼女って…アイツは従妹だヨ。」
「うん、さっき聞いた。」
「アッソ。」
「ホッと、した。」

ホッとしたは言わなくて良かったのに、思わず漏れてしまい後悔した。恥ずかしくなり、残りのうどんを急いで口に運ぶ。

「オレが好きなのは、オメェだから。」
「あっ、そうなんだ。」

恥ずかしい気持ちで思わず流してしまいそうになった。

「えっ?ごめん、何?なんて言ったの?」

箸を止めて荒北を見ると、ほんのりと顔が赤い。そして食べ終わった食器を持つと立ち上がり片付けに向かってしまった。私も急いで残りを食べて荒北を追いかける。

「あの…。」
「…んで聞いてねェんだヨ。」
「あっ、いや、聞いてたんだけど…聞き間違え?好き…って言った?」
「そーだよ。」
「私も。」
「アー、ウン。」

え、何その反応。もしかしなくてもずっと気付いていたのだろうか。

「しっ…知ってたの?」
「オレの事、よく見てたろォ。」
「う…ん。」
「オレも見てたからァ。」
「そっか!だからよく目が合ってたんだ!」
「ハッ!今更かよ。…んじゃ、これからよろしくネ。彼女サン。」

そう言って、荒北は教室とは逆の方へと行ってしまった。
学食でのあんな会話、誰かに聞かれていたのではと思ったら急に恥ずかしさがこみ上げてきて、急いで教室へと向かった。

「苗字、荒北から聞いたか?なっ、あの子は彼女じゃなかっただろう。荒北に彼女なんか出来る訳がないんだ!」

教室に入る手前で東堂に呼び止められた。

「そうだね、あの子は違ったけど…荒北、彼女出来たよ。」
「んなっ!それは本当か!誰だ!アイツに彼女だと?」
「本人に聞けば?」

そう言って、私は教室へと逃げた。
廊下からは東堂の叫び声が聞こえうるさいなと思った。

「荒北はどこだー!猛獣使いは誰なんだー!」




2019.12.06




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